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 昨日は起きてちょっとしてドンペリドンを飲み、それから朝食、食後にエフピーで、1日中気持ち悪くはなりませんでした。調べてみたらあなた、ドンペリドン(ナウゼリン)は胃・十二指腸のドーパミンの働きを抑えて、消化管運動を改善し、吐き気に関与するCTZ( 化学受容器引金帯)に作用して、吐き気を抑えます。ですって。ドーパミンは頭で働いてほしいのであって、胃で働いてくれると困るのですね。気付かないで追い込まれていたら、d0017084_9485947.jpgシンデレラストマックな私は食べられなくなって、痩せてしまう所でした。危ない危ない。
 息子がこんなことをつぶやいていました。「女子高生の憧れるシンデレラ体重は、身長(m)×身長(m)×20×0.9 普通に考えて不健康だし、魅力もないが、よく見たら妻は余裕で下回ってた。本人も太りたくてたまらないのだが」ほ~、シンデレラ体重と言うのがあるのですか。そうだよね、Yちゃんは、モデルさん並みの体格で、笑美ちゃん産んでも変わっていないのでしょう。フムフム・・・じゃ私はF65B.gif
 計算してみましょ。身長は見栄はらないでざっくり155㎝として、
  1.55×1.55×20×0.9=43.245(kg)です。
余裕ではないけれど、下回っています。正にシンデレラ体重です。抗うつ剤を飲んでいた時は、ご飯がおいしくて少し太れましたが、やめたらすぐに戻りました。確かに不健康だし、魅力もないね。息子の言うとおり。Yちゃんは輝く笑顔の美人だし、若いし、実際びっくりする位食べるので、それで良いのです。d0017084_9522475.jpg息子だって、負けないほどヒョロヒョロだしさ。
 ヘアドネイションを目指しているのですが、白髪は良いとして、髪の毛が減ったのか、細くなっているのか、たぶん両方だろうけれど、毛束が少なくて悲しいです。毛先は痛んでくるし、パーマかけられなくてこしもないので、伸ばし疲れてくじけそうです。15㎝から受け付けてくれるそうではありますが、できるだけ長い方が良いのだそうで、あとどれ位がんばれるかなぁ。
 髪が伸びると言えば、岩見沢市栗山町万字の「萬念寺」にある、お菊人形を見に行ったことがあります。「話のタネに、見て行ってや」と言う感じで、いたってのんびりしたものでした。霊感ゼロの私は、特に怖い感じはしなかったのですが、不思議ですよね。写真は、お菊人形ではなくて、母が持っていた日本人形です。髪は伸びません。お雛さまと一緒に飾りました。もう1枚おまけに、買ったままになっていた「CATS」ラムタムタガーのパックをしている私だよ。
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by nyankai | 2018-02-21 09:47 | 美 健康 体力 | Trackback | Comments(3)

 小平さんのスタートの構えの時の指って、とてもエレガントだと思いませんかF65B.gif ウィリアムソン君と小田君が育った浦河で、中学生の時スケート祭みたいなものに出たことがあります。1,000mだったのかなぁ、疲れた脚がどんな風になるかと言うと、何でもない所で、ただステンと転びます。それがおかしくて、笑ってしまいます。
 さて、芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」を読みました。書いたのは同年代の、そしてご主人を病気で亡くした若竹千佐子さんです。向かう先にある老い、一人孤独を生きることの痛みと喜びを知る老女桃子さんを描いた作品です。若竹さんはご主人に死なれて絶望しかなかったけれど、そこに豊穣があるがあると気付きd0017084_9393322.jpg、書かずに死ねないと思ったそうです。
 遠野弁はやや読みにくかったですが、文章そのものはそれほど難しいものではありません。桃子さんは少し上の世代、夫とは死別し、大きな事件があった訳ではないけれど、子どもたちとは疎遠になっています。複数の自分が脳内で会話をする様子は、なかなか私には無い感覚です。趣味のサークルに行くでもなく(趣味があるという記述は無い)、友達とランチするでもなく(友人も登場しない)、それを自由と感じ、ひとりで生きる桃子さんは、やたら強いなぁと思います。そんな桃子さんでも、たまに寂しさが襲って来て、おしゃれをして病院に行きます。やっぱり寂しい時はあるのだと、安心します。
 私は「いぐも」を最初から「生く」と解釈していましたが、友人(読む前)は「逝く」だと思っていたそうです。言われてみると、そうかもしれないと思いました。文中には、夫のお墓参りに行く途中で足首を傷め、それでも黙々とお墓に向かう様子に、かなりのボリュームが割かれています。もしかしたら「行く」なのかとも思います。たぶんそのすべてを包み込んだ「いぐ」なのでしょう。d0017084_9402362.jpg「行く」と「生く」は同じように使えるし、その先は「逝く」なのだし。
 桃子さんの夫はすばらしい人で、心から愛していたけれど、愛される自分であろうとしていたことに気づいて、だから死なれて自由になったという意味らしいです。う~ん、私はいっちゃんに対して、そんな風には思ってはいなかったなぁと思います。
 小説なのだから、孤独を生きる喜びで完結して良いし、娘との和解を感じさせる終わり方で良いのだけれど、私はその先が不安でたまりません。桃子さんの境地は遠いです。
 エフピーを飲み始めて、寝られない副作用の他に、むかむかするが思い当たりました。「吐き気」は書いてありましたが、元々胃腸軟弱体質なので自覚なかったのです。ここへきて、あるパターンに気付いたのです。朝食後飲んで、30分くらいすると気持ち悪くなります。あわてて、ドンペリドンを飲むと、小一時間もしないうちに、嘘のように治ります。
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by nyankai | 2018-02-20 09:37 | おはなし | Trackback | Comments(0)

 小平さん、金メダルおめでとうございますF647.gif とるだろうと言われながらとるって、さらに大変だろうなぁという気がします。青いスケート「サファイア」、とてもかっこいいです。
 今日は、いっちゃんと比べて、たぶんずっとわかりやすかったd0017084_936861.jpg父の誕生日です。
     お父ちゃん、91歳おめでとう067.gif
 父が生まれたのは、昭和2年2月19日です。昭和が1926年(大正15年)12月25日から始まったので、本当に昭和になってすぐです。今さらどうってこともないでしょうから書きますが、父の名前は「重昭」です。ねっ、昭和でしょ。
 たぶん分かりやすかったと言うのは、父はタバコも酒もやって、巨人が好きで、仕事熱心で、子煩悩であり、子どもに対して自分の希望も口に出していたし(私は全然父の希望に添いませんでしたが)、気にくわないことがあると不機嫌になりました。そんな時は母と目配せしながら「お父ちゃん、機嫌悪いよね、困ったもんだ」と笑いました。お子ちゃまみたいな所がある父でした。
 息子がいっちゃんともっと話しておけば良かったと書いていますが、私はそれどころではありません。父のアルバムを見ても、裏に説明が書かれていないと、全然何の写真かわからないし、考えてみると父の経歴すら、断片的にしか知りません。ほろ酔いの父から聞かされる雑学と同じように、d0017084_9365938.jpg父の思い出話は1つ1つはキラキラ輝くパーツなのに、つながったものとして存在していないのです。ちゃんと把握しておくべきでした。母もいないし、父の兄弟もすでになく、今となっては確かめるすべもありません。
 丸刈りで眼鏡の少年の写真の裏には、「高等2年 級長」と書かれてありました。ほ~、級長だったのか。もう1枚は、どんなシチュエーションなのか知る由もありませんが、四角い顔が笑えます。父は職場で、重箱みたいな顔だと言われたそうです。もう1人四角い人がいて、その人は下駄と言われ、弟分のように思っていたらしいです。ほら、そんな些末なことは知っているのです。
 このえらの張り具合や鼻の形が、息子と良く似ているのです。額の形は全く違うのですが、隔世遺伝は恐ろしい。お父ちゃん、笑の内閣上皇様は、間違いなくあなたの孫です。息子達家族を、どうぞ見守ってください。あちらでは、お母ちゃんを大切にね。
 思いついたんですけど、笑美ちゃんに何と呼んでもらいたいかって、沖縄風に「おばぁ」はどうでしょうね。
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by nyankai | 2018-02-19 09:32 | 人 あれこれ | Trackback | Comments(3)

 羽生君、宇野君、金銀メダルおめでとうございますF647.gif
昨日は新聞や郵便のために昼過ぎもう少し雪かきをして、ヘロヘロになってクライマックスを見ました。テレビの前に正座して、息ができないほどになりながら、ラシ~ド~シドシ・・・ピ~ヒャラ~ドンF3F1.gifの瞬間に、私は歴史的瞬間を見たと感じました。「何度もだめだと思った。生きてて良かった」そうか、そうか、そうだよね。余談ですが、SEIMEIのお衣装、前のとd0017084_9335618.jpgけっこう変わっているのですね。
 宇野君は、1個目のジャンプを失敗して、笑いがこみ上げたと言うからすごいね。参考にします。「トゥーランドット」のステージに立って(立ったこと無いし、これからも立つこと無いけど)、合唱団員として一緒に歌っている気分でした。Vincerò(我は勝つ)! 出ろ出ろドーパミン。羽生が盾になってくれるので、楽チンでしたって、インタビュー中にくしゃみして、ジャージの紐気にしてるあなたって、面白すぎる。
 Q.いっちゃんはなぜミステリアスなおっさんなのかF65B.gif
 A.息子が書いてくれた文章の中で、なるほどと思わせられたのが、たぶん内側にはたくさん面白いことを考えているだろうに、それを発表することに全く執着が無いことが不思議であることでした。息子も私も、書いてナンボです。これはなぜかというと、「イイネ」がほしいにしても、コメントが嬉しいにしても、つまりは共感してほしいからでしょう。たまに、思いもよらない反対意見にうろたえる危険もありますが、基本はそうだね~と言ってもらえる事で、自分を認識できるのです。
 d0017084_934468.jpg人は人に向かって何事か発信して、その反応を見ることによって、自分を評価する気がします。もって生まれたかもしれない才能も、元々の性格さえも、人という基準があって初めて、それが自分なんだとわかるのです。承認されたと安心するのです。評価ばかりを気にして生きる、という意味ではないけれどね。でもいっちゃんと言う人は、その基準が無くても、自分がわかっていたのかもしれません。だから、発信する必要など無かったのでしょう。それに加えて、たいていの人はそうではないことも、わかっていたのです。
 いっちゃんは、どんな環境でもアイデンティティーを保てる、柔らかくて強い人だったのです。もしもいっちゃんも書き魔だったら、私達は上手くいかなかったかもしれません。息子に結びに「あんなかっこいい大人はいないかぁ」と書かせる父親って、あっぱれです。でもわかりにく過ぎて、作品にはできないそう。じゃ、私が書き残さなくてはとは思うけれど、難しいなぁ。書けたら、芥川賞ものです。そんないっちゃんと、フィギュア見たら、さぞかし愉快だったでしょう。
 藤井君が羽生さんに勝って、最年少で六段になったそうですね。すばらしいことです。
 今朝はまだベッドの中にいるうちに、トラクターが出動してくれていました。助かりました。
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by nyankai | 2018-02-18 09:30 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(2)

 雪はさほど積もっている訳ではないのですが、風が強いので、吹きだまりになってしまったエントランスに続く道を掘り出してと言う感じ。力仕事は辛いんだなぁ、後でだるさが増すのです。
 羽生君、あなたの「僕、失敗しないので」感がすばらしい。ドヤ顔が良い。あなたは美しいF37E.gif ショパンのバラードと「四季」の「冬」がd0017084_105238.jpg鳴りつづけた昨日でした。
私にとって、最初に男子フィギュアの選手を認識したのは、同い年の佐野稔です。確かに日本のレベルはまだちょっとぉだったのかもしれませんが、佐野さんはかっこ良かったです。エキシビションだったのかどうかは忘れましたが、競技では禁止されている後方宙返りを見事に決めて、得意になっていたのを覚えています。
 未だに最高だと思っているのは、ロビン・カズンズです。長い脚でディスコのステップを踏んでいた彼を越えるヒーローはいません。そのちょっと後かな、スコット・ハミルトンと言う、とても良く回転する選手がいて、スピンのスローモーションで、鼻水が飛び散ったのを確かに見た、と思います。ごめんなさい、スコット。それ以来、選手が演技前に鼻をかむのを、当然のことと思うようになりました。
 その次は、キャンディロロがお気に入りになりました。あくまで私個人の感想ですが、スケートが最高上手いのは、高橋大輔だと思います。完璧にコントロールできていたのは、プルシェンコだと思っています。
d0017084_107829.jpg Q.いっちゃんはあがらなかったのかF65B.gif
 A.自分からは全く出たがりじゃなかったいっちゃんですが、周囲の人が何かをやりたがることには、全面的に応援してくれました。私が何をやっても「すごいねぇ、上手だねぇ、やってみると良いよ」と、自分がやるかのように喜んでくれました。ニャンコ座を始められたのも、いっちゃんが褒めてくれたからです。「笑の内閣」のほんの始まりしか見ないで逝ってしまいましたが、「ちゃんとやっているんだ」と、ポソッと、でもニコニコ言ってたのは覚えています。だから、今の活動をどう思ってくれているか、すごく聞いてみたいです。
 息子を怒ってばかりいたように見えますが、良い所は驚くほどシンプルに認め、褒めていました。姪っ子の結婚式で、久々に化粧をしてスーツを着た義母(80歳位)に対し「母さん、美人だな」と言える人でした。私もそう思いました。
 自分は出るのが嫌だったのかと言うと、そんなことは無いんです。合唱の演奏会などで、ソロや笑いをとるための演出を頼んだりすると、何の抵抗もなく引き受けて、いつもと変わらない穏やかな様子でこなしていました。不思議なことですが、いっちゃんの中に、あがるという要素は無かったのではないかと思います。
 今日は羽生君はフリーで、羽生さんは藤井君と対局ですね。
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by nyankai | 2018-02-17 10:01 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

 昨日は雪の中ヨガに出かけたら、初め私1人。先生に申し訳ないと恐縮していたら、かろうじてもう1人来てくれて、贅沢なヨガになりました。
 この間、冬のオリンピックの競技は何一つできないと書きましたが、夏に比べて命に関わる競技が多いです。あんなおっかないことをやる人達の気持ち、もちろん私にわかり様は無いのですが、ただただ皆さんが安全でありますようにと祈っています。新しい競技も楽しいですが、アルペンスキーやクロスカントリーなど、古くからある競技を見ると、なぜかd0017084_10153458.jpgホッとします。
 いっちゃんの命日、私はファーチレで出かけてしまったのですが、来客はたぶんいなかったと思います。前日ドーナツをお供えしてくれた人がいて、当日のブログF679.gifにコメントは1件(元々コメントは少ないブログですけどね)、息子がFacebookに長文を書いてくれたのと、直接言ってもらえたお悔やみ1つ。後になって、メールが1通、電話しようと思ったけれど疲れているかなぁと思って控えたと言ってもらえたのと、お香&お香立てをいただいたのと、コメントがもう1件。
 いえいえ、文句を言っていると思われては大変心外だし、上手く表現できないのですが、10年もたったら、共感して寄り添ってくれていることを、表に出してほしいなどと期待する方がおかしいのであって、十分にお気持ちいただきましたと感謝しています。ただ、人は(少なくとも私は)しょうもないもので、悲しい時はちょっとでも良いから一緒に悲しんでいることを、10年経っても伝えてほしい、かまってほしい、弱いものなんだなぁと思ったのです。
 Q.いっちゃんは無口だったのかおしゃべりだったのかF65B.gif
 A.いっちゃんは、家族の中では普通にしゃべる人でしたが、たぶん職場や他の集まりの中では、どちらかと言うと無口であると思われていたのではないでしょうか。大学に入って、最初にいっちゃんを見た印象は、練習室の付き当たりのたまり場の真ん中で、(理科の副免を取っていたから)白衣着て、ギャンギャンしゃべっている人達の中にあって、ただほほ笑んでいた人、です。小学校の担任だったと言う人に会ったことがありますが、おとなしい子だったそうです。
 もちろん教師ですから、子どもたちの前では、おっかない先生として多弁だっただろうし、学芸会などはいっちゃんのクラスの劇は面白いと評判になる位、熱血指導をしたはずです。家で衣装や小道具を作る手伝いをするのは、私の幸せな時間でした。
 全然出たがりではないのに、どうしても自分が役職を引き受けなければならないと判断した時は、覚悟は座っていました。町の連合の会長をして、新聞屋さんをしていた町議さんが集金に来て、メーデーのあいさつがすばらしかったと言ってくれました。そんな人でした。
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by nyankai | 2018-02-16 10:12 | 心もよう | Trackback | Comments(0)

 小平さん、高木さん、平野君、渡部さん、メダルおめでとうございますF647.gif どれもこれも、息を飲む試合で・・・本当はパーキンソンクリニックに行ったので、d0017084_9222233.pngリアルタイムで見られていなかったのですが。
 昨日もまず先に、rakuらくマッサージ90分からスタート。「ガンガンいっちゃってください」とお願いして、左肩腕をメインに、気持ち良かったぁ。月10万円までなら払うので(しか払えないのですが)、専属マッサージを雇いたいです。
 昨日の診察結果は、ジュンちゃん先生の見立てでは、最初に行った時の筋肉の硬さが25で、昨日は9でした。間違いなく柔らかくなっているのですが、だるさやこわさ(北海道弁)がとれないのは、自覚症状に変化が現れるのには、もう少しかかると思われるからで、このまま続けましょう。と又、言いくるめられました。
 エフピーで寝られなくなったことを訴えたら、たまにそういう人がいる、デパスを飲んで良いですよF3A8.gifと、お許しが出ました。ドーパミン出すために、何かを一生懸命やらなきゃならないと思うとかえって負担だと言うと、それは本末転倒、がんばらなくて良いんですよと言ってくれました。ジュンちゃん先生に会うと、良い意味で力が抜けます。
d0017084_9231268.jpg 色んな患者が、色んなことをめいめいに訴える。患者も医者に勉強させてやっているのではないかと思いました。
 病院の後、歌友布友T浜さんに会い、早めの夕ご飯を食べて、ペガサス号でニャンコ座町に戻ると、又しても車に雪が積もっていました。
 Q.いっちゃんは、息子が色々なことに興味を持つよう誘導したのかF65B.gif
 A.息子のブログによると、いっちゃんは学校の図書やパソコンゲームの購入の担当だった際、子どもたちが色々なことに興味を持つようなヒントを与えられるよう、工夫していたと感じているようです。この点に関しては、私は分かり様は無いですが、息子はそれで教養が高まったと書いていますから。
 父はもの知りでした。父の話を聴くのが大好きで、気が付いたら、そういう点では同じような、雑学王のいっちゃんと結婚していました。新聞や情報番組はくまなくチェックし、雑誌も含めてとにかく本をよく読んでいました。どこに行っても、パンフ等をごっそり持って来てしまい、いつ、何を聞いても、必要な資料がすぐに出てきました。ただし、いっちゃん本人にしか分からないまとめ方だったので、膨大な資料は、残念ながら私に活用する能力はありません。
 もしも今も元気でいたら、調べ上げたことを、たくさんのCDなんかに保存して、私は訳がわからないで、困っているでしょう。
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by nyankai | 2018-02-15 09:20 | Trackback | Comments(4)

 昨日はあまりにiPS細胞そのものについて書いてしまって、今日は「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」が、どんな本なのかを書くスペースが無くなってしまいました。d0017084_9101760.jpgちょっとだけ補足を。
 どんな偉大な人にも悩み、失敗を重ねた挫折の時があった。彼らの背中を押して、チャレンジさせたものは何だったのか、という本です。挑戦する勇気をもとうとか、先入観が崩れる時新しい世界を発見できるとか、さすがの今の私には直接は眩しすぎますが、若い人たちには、こういった講演や対談に接してほしい、そして憧れを抱いてやりたいことを見つけてほしいと、心から思います。
 21歳の沙羅ちゃんと、20歳の原君の雰囲気が、一見同年代とは思えないのですが、どっちも良いのだし、チャレンジしてきたことにおいては、同じなんだなと思います。いささか強引なつなぎ方なのですが、発掘された赤ペンファイルを懐かしく見ながら、今日も息子の疑問に答えてみたいです。
 d0017084_9111632.jpgQ.どうしてあんなにこわかったんだろうF65B.gif
 A.幼稚園の先生に「お父さんはこわい」と訴えていた位だから、余程怖い父親だったのでしょう。怒られ慣れたおかげで、その後の人生に怖い存在がほとんどいなくなり、良かったのか悪かったのかわからなくなってしまいました。確かに私も、そこまで怒らなくても良いのにと、感じたことは多々ありました。でも次の瞬間には、完璧に切り変えていましたから、大したものです。運転中も良く怒りましたが、それだけのことで、言葉に出した直後からは、ニコニコ楽しそうでした。完全にコントロールされた怒りだったのでしょう。
 社会に対しても良く怒っていました。政治に対してはもちろん、息子が書いていなかったことの一つが、相撲です。今回の相撲の騒ぎに、私がいま一つ考えを持てなかったのは、いっちゃんは若貴が優遇されていると、怒っていたからです。いっちゃんは反権力で、公正な世界への想いが、人一倍強かったのでしょう。
 いっちゃんの怒りが、私に向いたことは、1度もありません。それは仕返しが怖いからだと、言っていましたけどF485.gif
 今日これから病院です。朝から疲労感が良く出ています。ドーパミンを出すために、ワクワクすることをしましょうと言われても、ちょっと今の私には、それが強迫観念になっています。具合悪くて苦痛です。重荷です。
 今日の気づき・・・遅いってば。羽生善治さん、同じ羽生と書いて、フィギュアは「はにゅう」ですね。
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by nyankai | 2018-02-14 09:08 | 心もよう | Trackback | Comments(0)

 原君、美帆さん、沙羅ちゃん、メダルおめでとうございますF647.gif。夏のオリンピック種目は、タイムも距離も関係無しだと、走ることと泳ぐことはできますが、冬の種目はできるものがありません。子供の頃スピードスケートにのった位です。
 「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」というタイトルで、京都産業大学での永田和宏さんが企画した講演・対談シリーズ「マイ・チャレンジ 一歩踏み出せば、何かが始まる!」を本にしたものですd0017084_948068.jpg。山中伸弥さん・羽生善治さん・是枝裕和さん・山極壽一さん(日本の霊長類研究の第一人者)が登場します。すべての方の感想をかけたら良いのですが、ここは今私の切羽詰まった問題に触れる、山中先生の部に絞ります。
 山中さんの家は町工場だったそうで、お父様は作業中の事故がもとで、急にではありませんが、亡くなったそうです。そのお父様の助言で医学部に入り、ご自身もラグビーをやっていてスポーツ医学に興味を持ち、整形外科医になりました。でも手術が下手で(本当です)、臨床医ではなく研究者を目指したのだそうです。
 渡米して研究して、ES細胞に出会った時、ご自分の研究が人の役に立つと考えました。その中に、パーキンソン病が入っています。でもES細胞は、ヒトの受精卵から作るので、政治と宗教のトップに反対され、その課題を克服しようとして出来たのが、iPS細胞なんですって。iが小文字なのは、2006年当時流行っていたiPodを真似たそうです。
 アミロイドーシスでだめになってしまったいっちゃんの腎臓と心臓を、山中さんに作り直してもらいたいと思いました。間にあわなかったけれど、今は私の神経細胞を修復してもらいたいと、切に願っています。
d0017084_9494740.jpg 息子がいっちゃんの命日に書いた文章がとても良いと思ったので、私にできる範囲で答えたいと思いました。息子よ、読めよ。題して「いっちゃんのなぞ解きコーナー」
 Q.子供や子育てというものをどう考えていたのだろうF65B.gif
 A.本音がどっちだったのかは、私にもわかりません。私が、自分の子どもってどういうものだろうかとても興味があると言ったら、喜んで大賛成してくれました。息子は叱られてばかりだったと思っているようですが、それはそれはかわいがっていました。私が仕事をやめたので、おむつ換えとか離乳食作りとかはほとんどしませんでしたが、いつもお腹に乗っけて寝ていたし、話しかけていたし、歌も歌っていたし。
 いっちゃんには5歳下の妹がいますが、働いていたお母さんに代わって、良く面倒を見ていたそうで、義妹はいっちゃんはとても優しいお兄ちゃんだったと、今も変わらず慕っています。又、小学校の先生としても、「ゲボとおしっことウンチが怖くて、小学校の先生なんかやれるもんか」と、低学年を積極的に受け持っていたし、A子さんの子どもがちっちゃかった頃も、3人まとめてかわいがっていたので、子どもは大好きだったはずです。だから、笑美ちゃんは離れていても、毎日目の中に入れて歩いていると思います。
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by nyankai | 2018-02-13 09:46 | おはなし | Trackback | Comments(0)

 昨日の朝、札幌に出かけるときは、いっちゃん最後の日、前夜に病院から呼び出しがあって、病室に泊まったんだっけ等と思いながら家を後にしました。医者ってやっぱり、もうわずかだってわかるんだなぁ。
 紺バッハを、みっちりやりました。何だかんだ言いながら、メンバーが微増している所が、ファーチレの強さです。まだまだ楽譜にかじりついて必死で歌うのが精いっぱいなのだけれど、d0017084_946515.jpg教会、十字架、マリア像、ステンドグラス、できる限りの妄想をフル稼働してみる。この間アル子ちゃんに見せてもらった、「サウンド・オブ・ミュージック」のDVDの冒頭部分の映像等も総動員です。
 もちろん合唱だけに限ったことではありませんが、指導者から「(音が)下がらないこと」「狂わないこと」と注意され、誰かれとなく「間違わないこと」が追加され、とどめは「めげないこと」でした。頭の中で急に、「それが一番大事」(大事MANブラザーズバンド)が鳴り始めました。息子が小学校で歌ったわ。家でも良く歌っていました。本物は「負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと」です。今の私に、この歌をまっすぐに歌う元気や強さは無いけれど、懐かしく思いだす位はできます。良いんです、それで。
 「スタバ」の8番のソロの件が、ほらほら白羽の毒矢のあれ、再び飛んできました。こんなに具合が悪いのだから、本当ならば引き受けるのは無責任なのですが、そんな思いとは逆に「やらせていただきます」と、口が勝手に動いてしまいました。良いのか、私。
 練習は充実していましたが、左腕はけっこう辛かったです。駅までの地下鉄の中で、歌友が「今日命日だね」と言ってくれました。誰かがd0017084_9465632.jpg何がしかの想いを持っていてくれたかもしれないけれど、やっぱり口に出してもらえたのは、嬉しかったです。ありがとう。
 札幌駅まで戻った頃には、左脚もボロボロな感じでした。でも少し時間があったので、本屋に入ってみると、文藝春秋が山と積まれていました。「おらおらでひとりいぐも」が入っています。すぐ側には単行本もありましたが、こちらの方が安くて、他にも読み物がたくさん収録されているので、お買い上げ。さあ読むぞ。
 昨日の夜、バスが着いたら、シエンタちゃんのフロントガラスは凍りついてガシガシでした。いっちゃんの命がついえた時間、私は氷と闘っていたのでした。その間は、だるさを忘れながら。
 息子がいっちゃんのことをこんな風に書いていました→ここ(3,566文字も書いている、さすが息子だ)。良く見ていたなぁと思います。そして、息子が知りたがっていることを、私はいくらか知っているかもしれないとも思いました。伝える力が、私にはあるだろうか。私も多いに知りたい。いっちゃんは、今の息子を何と言うだろうか。笑美ちゃんにどれだけメロメロになるだろうか。そして、パーキンソンの私を、どんな風に包んでくれるだろうか。
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by nyankai | 2018-02-12 09:40 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)