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おひとり様友達  

富川合唱団OBで(本当はOBだとは思いたくない)、私の大切な友達のN谷さんは、6年前にご主人を亡くされました。昨日が命日で、夕方になってからお参りに行きました。昼間はせっせとお出かけになっているらしいし、もしかして息子さん達がみえているかもしれないし、ひょっとして帰られて寂しくなっているかもしれないしと思ったので。
お西のやり方にのっとったお仏壇にお参りさせてもらって、その後引き止められたのを良い事に、夕ご飯までご馳走になってきてしまいました。すいませ~ん。
d0017084_914781.jpgN谷さんは、夜の外出が億劫になってしまったと、合唱に来なくなってしまいました。聞いてみると、暗い家に帰って来るのも辛いとか。わかります、すごく良くわかります。
元々明るい方で、家に閉じこもっているのはいけないと、昼間のサークル活動などにも一生懸命で、楽しくやってらっしゃいますが、時々忙しすぎてくたびれて元気がなくなってしまいます。私は、人間は忙しすぎると「心を亡くす」とつくづく思います。
昨日のN谷さんは、元気でおしゃべりで、食いしん坊でした。もう70歳を過ぎていますから、多少話しはくどくなりますが、聞いていて楽しかったです。思ったよりずっとお元気で、嬉しかったです。
夫がこうなって初めて、N谷さんのことを心底思いやれるようになったのかもしれません。N谷さんは、「あなたがいてくれたから、合唱を長く続けてこられた。」と言ってくれましたが、それは私のセリフです。友達と言うには失礼なほど先輩ですが、おひとり様仲間のN谷さん、これからもよろしくお願いします。又、ご飯食べさせてください。
 PS 昼過ぎ、まだ半分だったけれど、ガソリン入れました。空いてましたよ。
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by nyankai | 2008-04-30 09:05 | 人 あれこれ | Trackback | Comments(3)

「森のふくろう」10周年  

昨日は、27日に今年の営業を始めた「森のふくろう」に行ってきました。
いつもの年なら沙流川を北上する桜前線が、今年は山間部から下りてきているそうで、お天気は悪かったのですが、それを確かめたくもありました。行く途中で、元住んでいた町の友達を訪ねたら、「今朝は、雪だったんだよ。」の言葉が。桜が咲いているのに、ふくろうの手前の峠は、道の両側が雪景色でした。
開店間もないからか、GW中で特別月曜日に開けているのが知れ渡っていないせいか、お客様は少なくて、ゆったりと過ごせました。春はやっぱり、山菜の天ぷらの定食でしょうが。ママやマスターととりとめも無い話をしたり、ママが夫のために涙を流してくれたり、音量を抑え気味に流しているジャズに乗せて、良い時間が過ぎて行きました。
d0017084_9122778.jpg今年は「森のふくろう」の10周年です。私は記念のタペストリーを作らせてもらう事になっているのに、まだとっかかりです。「ふくろうの四季」って感じにしたいと思っています。色々アイディアはあるのですが、なかなか進みません。でも、こんな嬉しい作業が私に巡ってきたのは、きっと夫の導きでしょう。
写真は、春のふくろうを象徴する、「ヒダカイワザクラ」です。
5月7日(水)、HTB「イチオシ」で、「森のふくろう」が紹介されます。北海道にお住まいの皆さん、視てくださいね。
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by nyankai | 2008-04-29 09:10 | 旅 グルメ イベント | Trackback | Comments(4)

カンタータ「土の歌」  

d0017084_934823.jpg昨日、合唱に復帰しました。富川でもこの間少し歌いましたが、私のことだけでは無く色々訳あって、しばし休団になっているので、札幌のあの「マタイ」や「メサイア」を歌った「コーロ・ファーチレ」のことです。今回は珍しく、カンタータ(独唱・重唱・合唱などに器楽・管弦楽の伴奏がついた大規模な声楽曲)「土の歌」という日本の曲です。主宰は「北海道農民管弦楽団」で、「大地讃頌」という曲ならば、知っている人も多いと思う、それを終曲とする名組曲です。
「大地讃頌」が、歌おうと思えば一般の中学生でも歌えるので、組曲全体に取り組む合唱団も少なくないと思うのですが、4曲目「もぐらもち」と5曲目「天地の怒り」は、地方の弱小合唱団には手に負えない難曲です。富川合唱団でも1986年と1993年の2度歌っているのですが、その2曲ははずしていました。86年は、夫が指揮をしていました。富川もまだ若い人(私も)や男声もそこそこいて、勢いがありました。
夫が使った第5版、900円の楽譜(今は4○版、1600円とか)には、書き込みが残っています。「土の歌」の情報がミクシイに載ったのは2月13日だから、夫は知らないまま、天に召された・・・いや、案外夫が「土の歌」を用意してくれたのかも。6曲目「地上の祈り」のおしまいの方「地の上に花咲く限り よろこんで日ごと営み 悲しみも耐えて生きよう」は、涙が出て歌えませんでした。そのまま「大地讃頌」になり、とうとう夫の葬儀にいただいた弔電とお花のお礼も言わないまま、1回目の練習は終ってしまいました。
練習後、メンバー2人とケーキセットを食べ、夕飯用にタイ風サルサカレー、何と200円引きで280円也をゲット。
帰りのバスで、もう何十年も家族ぐるみでお付き合いさせてもらっている友達の息子さんにバッタリ会いました。東京に就職していて、GWで帰省するところでした。けっこう良い1日だったと、夫に報告しました。でも、返事は聞えないんだよね。
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by nyankai | 2008-04-28 09:03 | 音楽(合唱) | Trackback(1) | Comments(0)

共済年金の掛け金を知っていますか  

d0017084_11143495.jpg母にも、年金特別便が来ました。年金記録は、一応つながっています。母自身にはもうわかるはずは無く、でも私一人で返事を書いて出すのはまずいと思い、弟の所に持っていき相談しました。それどころか、今の私はまず、自分のこれからの収入を自分で把握しなければならないのです。
夫が死んで、膨大な手続きをして(仕事関係は、ほとんど事務官がやってくれた)、ありがたいことに様々な給付金やらが出て、早期退職に当たるので、退職金は思ったより多く、遺族年金やら共済の年金やらで、贅沢をしなければ何とかやっていけると思います。
今、年金問題の大嵐が吹き荒れています。とんだことになったものです。どこに怒りをぶつけたら良いのか、どうしていったら良いのか、困ったものです。そんな中、公務員の共済年金が良いことが、世間では「ずるい!」と思われている感がありますね。確かに良いと思いますが、どれ位の金額を納めているかも知らされず、誤解されていると思います。
今回、私は国民年金を納めなくて良いサラリーマンや公務員の妻から、納めなくてはならない人になりました。いくらとられるのかと恐れていましたが、案外安くてホッとしました。というほど、共済年金の掛け金は高かったのです。給料明細を見るたび、ため息が出たこともあります。高いから、今の所まあまあの年金をもらえているのです。高い掛け金を払えるほど給料も高いんだろうって?馬鹿にしないでくださいね。教員なんて、いくら仕事しても残業手当なんて無いんですよ。部活だって、ほぼボランティアです。どこかの高級官僚と一緒にされては、迷惑千万です。てなことを、ちゃんと報道してほしいです。
あ~ぁ、給料も退職金も下がっても良いから、夫には生きていてほしかった。文句言いながら、けちくさく2人で生きていきたかった。
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by nyankai | 2008-04-27 09:47 | 社会 | Trackback(2) | Comments(2)

今思えばなんだけど  

昨日は、夫が亡くなって延び延びになっていたニャンコ座のメンテナンスに、大工さんとクロス屋さんが来たり、元住んでいた所から友達が来てくれたりして、あわただしくとも人と会えるって良いなとしみじみ感じたのでした。
d0017084_914162.jpgこの間村民さんが来てくれた時に、2人でそれぞれの大切な人のアミロイドーシスの発病が本当はいつだったのか、なんて話をしました。私も口に出したのは初めてでした。
アミロイドーシスは、今はまだ原因が全くわかっていません。アミロイドがどこにつくかによって、症状の現れ方も違うので、いつ発症したのかもわからないのです。夫は一昨年1月の人間ドックで蛋白尿を指摘されましたが、本人には全く自覚症状はありませんでした。と言いたいところですが、同時に心臓にも付いていたので、後で考えると運動時に『年取ったなぁ。』と感じてはいたそうです。
でも私は、あくまで推測なのですが気付いたことがあるのです。さらに2年さかのぼり、つまり4年前の秋、食事をしていた夫が舌に違和感を感じて、「何かできてない?」と舌を出したのを見ると、血豆が出来ていたのです。かじった訳でもなく、刺激物を食べたわけでもないし、痛くもかゆくも無かったみたいです。それは一晩で無くなっていました。そして月に1度位の頻度で、舌に血豆ができては消えました。ちょっと気になりながらも、その状態は半年ほどで無くなり、私たちはすっかり忘れていたのです。私は何となく、それがそもそもの始まりだったような気がしてならないのです。
村民さんの場合は、これも推測の域を出ないとして、その方は神経に付いたのだそうで、とても器用な方だったのに、発症と思われる時期よりずい分と早くに、指先を怪我するようになったかもしれないとのことでした。
全世界のアミロイドーシスを研究している皆様、私たちのこの些細な経験に耳を傾けて、どうか1日も早く、原因究明と治療法の開発に活かして下さい。(写真は、夫の遺品を入れたトランクです。夫の実家からもらってきた、年代物です。)
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by nyankai | 2008-04-26 09:00 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(6)

いっちゃんは白い馬になった  

昨日の夜は、合唱団の人が数人遊びに来てくれて、おしゃべりして少し歌って、楽しかったです。何より、自分が気持ち良く歌えた事が嬉しかった、かな。
d0017084_99013.jpg絵の好きな友人が目ざとく見つけたのは、東山魁夷の「白い馬の見える風景」のポストカードブックです。そうです、あのテレビ番組で巡り会って恋焦がれた「綿雲」(再び春は巡ろうとしている 再びあなたは帰らないであろう)の絵が、ようやく(絵葉書ですが)、手に入りました。ミクシイの友達が、長野県信濃美術館のことを教えてくれて、美術館に問い合わせたら本が出版されている事を教えてくれて、ネットの通販(時間はかかりましたが)で、私の手元にやってきました。
初めは切り離して額に入れようと思ったのですが、やっぱりもったいなくてカラーコピーになりました。何やってんだか、私。でも、夫の写真の下に飾って満足です。
初めは「綿雲」だけに興味があったのですが、習作も含む18枚の白馬の絵は、それぞれに意味がありました。たとえば「春を呼ぶ丘」(それは喜びであると風が語った 大地の鼓動が聴える)は、夫が私を励ましているような気がします。やっぱり、いっちゃんは白い馬になったんだって気がします。ホラ、姫に白馬は付き物でしょ。
白馬シリーズは、絵の構想を練っていた時、モーツァルトのピアノ協奏曲イ長調(K四八八)の第二楽章が浮かんで、一頭の白い馬が針葉樹のある湖畔に現れた幻想―「湖澄む」と「緑響く」かな-から生まれたそうです。いっそ鈍感になりたいと願っているのに、CDをかけてページをめくると感覚は研ぎ澄まされてしまいます。でも私はきっと、毎日それを繰り返していくように思います。寂しい、淋しい、切ない、恋しい、寂しい、淋しい、切ない、恋しい・・・・・・・と。
 PS 息子が裁判員制度に意見を書きました。変換ミスはありますが、読んでみてください。
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by nyankai | 2008-04-25 09:07 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(3)

退職を祝うかい?  

d0017084_1810010.jpg改めまして、昨夜は「退職を祝う会」でした。祝われた人は、この場合公人だし、お名前を出して良いと判断しましたので。長内勲先生です。北海道教育大学を、この3月に定年により退職されました。祝って良いのでしょうか?
夫の写真を持って、出席しました。始まるより早く、同級生2人とコーヒーを飲みながらおしゃべり。いったいどんなメンバーが集まるのかと少し心配(というのは、私たちは、長内先生に習うのも申し訳ないくらい、当時は無知だったと思う。今日は、もっとすごいレベルの音楽活動をしている方達や、役職にある方達がたくさん来るのでは、私たちごときは場違いなのではあるまいか・・・)でしたが、受付に行ってみると、とってもなつかしい顔・顔・顔がありました。当然ですが、夫が亡くなったことを知っている人も知らない人もいて、話題になってほしいような触れてほしくないような、変な気分でした。
かの池辺晋一郎さんから、お祝いの(ダジャレ)メールが来ていて、すごいわぁ、私たちこんなにすごい先生に習ったのだわぁと、誇らしかったです。先生、去年の3月、夫と一緒に先生のコンサートに若干無理して行って、ばったりお会いできて、本当に良かった。又これからも合唱を続けますから、時々会いましょう。
唯一の、いや唯二の誤算は、立食だったことと、デザートのケーキがあっという間に無くなっていた事でした。
何人かで二次会に行き、お寺に嫁いだ先輩に、「(夫と)ちゃんとお別れができたようね。」と力付けてもらいました。帰りの地下鉄が途中まで一緒だった先輩(男性、その方とは学生時代はほとんど話した記憶が無い)が、気遣ってくださったのが、とても嬉しかった私です。
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by nyankai | 2008-04-24 18:07 | 音楽(合唱) | Trackback(1) | Comments(2)

いい歳ヒメ気分 リモコン入れ    

夜に用があって、札幌にいます。出る前に更新しようと思ったのに、エキサイトブログのメンテナンスで送信できませんでした。元気ですから。
以下、朝ワードで書いて保存しておいたブログ、そのまま載せます。
今日の夜は札幌で、大学時代に声楽でお世話になった教授の退職をお祝いする会があります。夫と連名で案内が来たのは、ずい分早い時期だったように思います。今後も活躍されるであろう教授ご本人や、同じ学年の友達にはこれからも会えるでしょうが、先輩や後輩にはこれを逃したらなかなか会う事も無いだろうと思い、複雑な心境ではありましたが、夫の死亡を伝え、私自身の出席の返事を出しました。
昨日同級生の1人に少し早めに会う約束を取り付けたら、「元気に出ておいでよ。」と言われ「うん。」と答えました。
夫のいない生活、3ニャンがいてくれるとは言え一人ぼっちの生活、声を出しても誰も答えてはくれない静けさの中で、何者にも拘束されない自由な時間を前に途方にくれ、それでいて、私は本当に寂しいのだろうか、考えようなんじゃないのかとわからなくなります。
d0017084_16251721.jpgニャンコ座リポートには、「いい歳 ヒメ気分」というコーナーがありましたっけ。今巷では、「姫ブーム」なんだそうですね。映画「マリー・アントワネット」の効果もあったようだし、日本の篤姫様も好調なようですし。ティアラ・巻き毛・ピンク・レース・フリル・バラ・マカロン・宝石等々、私の寝室も姫仕様です。写真はこの間見つけた姫様チック小物入れで、リモコン入れにしました。
夫に守られて、ヒメ気分で生きていくつもりでした。なのに、そのあてははずれてしまいました。案外、本当の姫は孤高で孤独なのかもしれません。いい歳してきれいでかわいい物が好きな、いつもは孤独に負けない強さとしっかりとした考えをを持ち、いざとなったらちゃんと理解してくれている人がいる、そんな姫になりたい。
一筋の光みたいな、嬉しい事がありました。近いうちにお知らせできるかと思います。
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by nyankai | 2008-04-23 16:54 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

母親をきれいだと言った夫  

昨日は、お母さんと妹さんが来てくれました。まだポツポツと夫の保険のことなどで、書類の不備(私のせいではない)がわかったりして、それを届けがてらでした。
お母さんは、四十九日が済んでから、けっこう重い風邪をひいて大変だったらしく、少し痩せた感じでした。体調が悪くてソファーでうたた寝をしていた時、ようやく夫の夢をみたと、喜んでいました。ストーブの所で、夫がニコニコしていたので、起き上がって話しかけようとしたらもういなかった、とのことでした。お母さんの風邪を心配してお見舞いに来たのでしょう。
以前のプリンタは写真が苦手で、マイミオに取り替えたらやろうと、そのまま気になっていた写真を、ようやくプリントして渡すことが出来ました。夫が病室で椅子に腰掛けている写真、葬儀の時の写真、それと去年の姪っ子の結婚式の時の写真などです。
d0017084_9113689.jpg結婚式は去年の2月末でした。夫はまだ退院間も無く、抗がん剤ですっかり抜け落ちた髪の毛を、お母さんが辛い思いで見たらかわそうなのでと、和服のリフォームの頭巾をかぶって出席しました。「自家末梢血幹細胞移殖」が上手くいって、進行が止まったに違いないと希望を持っていた頃でした。
夫は「母さん、頭もちゃんとして(美容室に行って)、スーツ着て、きれいだな。」と言いました。80歳を越した自分の母親をきれいだと言った夫を、私はすばらしいと思いました。残念だったのは、お母さん本人に言っていない事でしたから、昨日私がそれをしっかり伝えました。お母さんは、「そうかい。」と、照れ笑いのような、それでいて少しさみしそうな顔をしたように思います。
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by nyankai | 2008-04-22 09:18 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(2)

子馬は前足を開いて草を食む  

「東京と北海道の気候は、大して変わらないね。」と村民さんに言わしめた一昨日の暖かさとうって変わって、昨日はガスって寒かったです。それでも昨日は、海岸ぶちを東へ向かって、元気にお出かけ。
ぜひ食べてもらいたかった、おいしい牛乳を使ったおいしいソフトの後、弟の家にちょっぴり寄って、母のグループホームへ顔を出しました。村民さんは介護の資格も持っているそうで、さっそく入居者の1人につかまっておしゃべりのお相手をしていました。
太平洋と牧場と子馬の組み合わせに歓声をあげながらもう少し東へと向かうと、さらに海霧は濃くなり寒くなっていきましたが、次は日高昆布に興味(砂利を敷いた干し場とか、教員も昆布干しのバイトはして良いとか)を示してくれました。
d0017084_1342394.jpg三石で昼食をとり、帰路につき、海産物の乾物のお土産をどっさり買い込み、サラブレット銀座で、念願のお馬の母子を写真に収めました。そこで、重大な発見がありました。子馬は前足を精いっぱい開いて(前後の場合も左右の場合もある)ふんばって、草を食べることです。足はまだヨロヨロしているようで、首がお母さんほど長くはないので、そうなるみたいです。私も知りませんでした。
村民さん、書ききれないほどのありがとうを言います。ラーメンプリンを抱えた村民さんが帰った夜は、又寂しくなりましたが、あなたのおかげで、自分だけが特別の悲しみを背負っているわけじゃないと、きっと少しずつ思えるようになるでしょう。私たち、幸せになりましょう。又、来てくださいね。
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by nyankai | 2008-04-21 13:33 | 旅 グルメ イベント | Trackback(1) | Comments(4)