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ニャンコ座から 「合唱」 「猫」 「ミュージカル」 「パッチワーク」 「亡き夫」 など 大好きなことをおしゃべりします おいでくださいましてありがとうございます

by nyankai

カテゴリ:夫いっちゃん( 168 )

          いっちゃん65歳おめでとう010.gif
 いっちゃんの事だから、昨今の教育行政に腹を立てて「やってられるか」と早期退職した可能性はあっても、間違っても再任用で働いてなどいないとは思いますが、子供が好きだから万に一つそうだったとしても、この春で終わりでしょう。
 たらればを語っても仕方ないのですが、65歳のいっちゃんを想像します。外見は、d0017084_916012.jpgロン毛は少し白くなってきていると思います。食事と運動は気を付けていたので、そこそこ体型は保っていると思います。命を奪われた病気以外は、とても丈夫な人だったので、きっと元気です。花木や木の実・果物の木でいっぱいの庭を作るのが念願だったから、大草原だったニャンコ座が、森になっているかもしれません。運転大好きだったから、シエンタはとっくに引退して、もっとごつい車になっていると思います。d0017084_9163181.jpgパジェロとかプラドとか。セカンドカーは軽トラだし。
 いっちゃんのアルバムをめくりました。写真は貴重でしたから、それほど多くはありません。1枚目は、いっちゃんではないと思っていたのですが、歯がいっちゃんです。何をしているのか、楽しそうな小学男子。2枚目は友達と遊んでいる何枚かの写真の中の1枚で、飛んでいるのがいっちゃん。中学だろうか、高校だろうか。良くこんな瞬間が撮れました。トラックには「佐藤電気商会」の文字があります。調べてみると留萌にありますが、d0017084_9171391.jpg50年も前の事、それなのかはわかりません。3枚目は私も知っている大学生のいっちゃん、同学年の音研女子達と。理科の免許もとっているいっちゃんは白衣姿。国立大学のくせにおんぼろな校舎の中庭です。この女子達(クミさん・リンコちゃん・ヤスコさん・ムータン・ニャン)、今はどこで何をしてd0017084_920359.jpgいますやら。
 そうだ、ネギとマコが逝ってしまって、もしかしたら新ニャンを招き入れているかもしれない。うん、そうに違いない。何より、私のパーキンソンも「なんくるないさ~」と受け流して、安心させてくれているでしょう。
 インフルエンザ大流行と騒がれていましたが、私の近辺では発生していません。が、接触は無かったとはいえ、親しい知人が2人かかりました。1人はこの14日の事です。子供の頃熱が出ると、すりおろしリンゴ(砂糖入り)やミカンの缶詰を食べました。どちらも普段は食べさせてもらえませんでした。
 浦河「大黒座」のテレビ番組を見ました。Toncocoさん(絵本作家でもある)がばっちり。「ぱあこ」は名言です。
 ハッチ~から、ホワイトデーが届きました。バスビーズです。さすが長い付き合い、私の好みを知り尽くしてくれています。ありがとう。
by nyankai | 2019-03-18 09:15 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(4)
 今朝の最低気温は、-14.4℃、微増ですが相変わらず寒いねぇ。
 昨日は合唱のWヘッダー。疲れましたが、良い1日でした。そのことは明日にでも。
 今日は、いっちゃんの命の日が燃え尽きてしまった日です。あの2008年と曜日が同じなんだ。前の夜、一緒に大河ドラマ(篤姫)を見て、d0017084_9291378.jpg1度帰宅したのですが、すぐに付き添ってやった方が良いと、病院から連絡が来ました。
 プレミアムドラマ「モンローが死んだ日」では、余命宣告を受けた夫がヒロインに辛くあたったことで、複雑な思いを胸に秘めたまま、泣けないでいました。いっちゃんは病気の告知を受けた瞬間に、涙を流した以外は、少なくとも私の前では穏やかなほほえみしか見せたことは無く、病の身でいつも私を気遣ってくれました。そして私は、思う存分泣くことができました。
 息子が公式ホームページのプロフィールで、こんなことを書いていました。いっちゃんの人となりがわかるので、ちょっと突っ込み入れながら、引用します。
 私の原点は両親の教育です。両親は共に音楽の教員でしたので、名前は響になりました。私は母も(←もかい)大好きですが、私の思想に大きく影響を与えたのは、d0017084_9295331.jpg53歳の若さで亡くなった父です(母の影響は、これからわかるのさ)
 父は、旅行好きで私にたくさんの経験をさせてくれて、それが大きな礎になっていますが、それ以上に原点と言えるのが、音楽と共に理科の免許を持つ変わり種の教員で(どっちかというと、理科が本命だった)常に科学を大事にし、それがゆえに「怒っている人」でした。それは短気だという意味ではなく、世の中の理不尽、不公正に対して常に怒っていました。政治に対して常に怒っていたのが、私の政治への興味の原点です。
 それ以外にも世の中の理不尽に怒っていたし、筋金入のアンチ巨人で審判のジャイアンツ贔屓や金満補強についても、毎日中継を見ながら怒っていました。特に私に影響をもたらしたのが、d0017084_93035100.jpg「ニセ科学批判」です。「心霊現象」「超能力」「UFO」「ノストラダムスの大予言」などを取り合げた超常現象番組を見ては、「不安を煽るインチキ」と怒って、私にテレビを見ながら、「どこがトリックかを見抜け」という課題を与えることまでしていました。
 父は教育者として「信じることの大切さと同じくらい、疑うことが大切だ」ということを教えていたのだと思います。私は理科が苦手でしたが、それこそが、まさに「どんな世界にいても客観的なデータ」を尊重し、政治においてもそれを元に判断していくという原点になっています。

 いっちゃん、あなたが生きていたら、今の息子の姿をどう思いますかF65B.gifどんな言葉をかけてやりますかF65B.gif
 息子だって、そんな父親になりたいのだろうな。
by nyankai | 2019-02-11 09:27 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(3)
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 もうすぐ、ある子ちゃんとシモン君が、ランタンつくりに来ます。ワ~イ。
053.gifHappy Wedding anniversary 36053.gif
 調べてみましたが、35回目が珊瑚婚式で、40回目がルビー婚式、その間は名前無しです。いっちゃん、どうして早く死んじゃったのさ。今、いっちゃんならどうするだろうという超難題にぶち当たっd0017084_9433159.jpgています。
 いっちゃんは、私が先に好きになったので、立場としては弱味があるはずなのですが、趣味が私、私が機嫌良くしていることが1番の幸せと言い切ってくれていました。生きているなら、きっと文句も愚痴も言うのでしょうが、死んで(10年前の2月)しまったので、一切の欠点は忘れました。私を守ってくれた、唯一無二の人です。
 とりわけ今で言う、イクメンだったわけではありません。私が仕事をやめたので、家の中の事は主に私がやって当然だと思っていました。細々としたことは私がやる、でも大事なことはいっちゃんが決断してくれる、それで良かったのです。無口だと認識している人も多いかと思いますがして、私とは良くしゃべりました。怖い先生として有名でしたが、私は叱られたことは1度もd0017084_9435622.jpgありません。
 共通の趣味があるのも良かったです。音楽は元々一緒、音楽で出会っているしね。旅行は初めはそんなでも無かったし、家にいるのが好きだったのですが、いっちゃんが色んな所に連れて行ってくれて、世界を広げてくれました。ニャンコ座を建てる肝心な時、私はたぶん母の認知症の事で少し鬱っぽくなって、フル稼働できないでいたのですが、その分心血注いでがんばってくれました。なのに、自分はトータルで1年くらいしか住めないで。
 全く別々の趣味も、ニコニコ尊重しあえました。機械に強くて、お酒は飲めない、運転大好き、空間認識能力抜群で、私の苦手分野をフルカバーしてくれました。どんな友達よりも、いっちゃんと行動するのが気楽で楽しくて頼もしくて、いつでも一緒だったから、死なれた時は、もう何もできない、どこへも行けない状態でした。
d0017084_9442694.jpg 私の母を大事にしてくれて、もちろん連れて行くと楽だったからではありますが、父との死別から10年経って、母は孫(息子の事)とたくさんのイベントや旅行に行けて、きっと幸せだったと思います。いっちゃんが死んだ時、お義母さんに、「こんなに看病してくれてありがとう」と言ってもらえて、本当に嬉しかったです。
 一つだけ文句がありました。旅行好きは良いけれど、アメニティーグッズを全部持ち帰るのはやめてほしかった。持ってきても良いけれど、自分で使い切ってほしかった。ただ今私、苦労しています。
by nyankai | 2018-10-31 09:40 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(4)

ロン毛 (3/18)

 朝から、ニャンコ座リポートが不具合で開かず、もしかして心配かけているかもしれないと、でもエキサイトブログそのものがダメだったのでわかってもらえていると思い、復旧を待ったら、こんな時間になりました。
        いっちゃん64歳おめでとう010.gif
 2月11日のいっちゃんの命日、19日の父の誕生日、3月4日のニャンコ座創立記念日、そして3月18日はいっちゃんの誕生日、もう少し先まで伸ばすと4月17日が父の命日と、決まった話題を書く日が次々とやってきます。
 いっちゃんと言えば、ロン毛にトンボ眼鏡と、強烈な印象の出会いでした。確かに、その頃流行ってはいました。3年の教育実習の時泣く泣く髪を切り、又伸ばして、d0017084_16522991.jpg就職で再び短くしましたが、その後はやや長めで押しとおしました。いっちゃんのトレードマークは、ロン毛です。ロン毛を調べてみると、「ロングな毛」という意味で、長髪、または長髪の男性。女性に対してはあまり使われない、そうです。
 先に髪を切ってしまったまじょ子さんから、こんな情報をもらいました→ここ 小学生の男の子が、ヘアドネーションのために髪を伸ばし続けた。初めはクラスメートからからかわれたり、地域でも女の子に間違われたりしたけれど、本人の思いは変わらずやり遂げF7C3.gif、周囲も温かく見守ってくれるようになった。d0017084_1653043.jpg小学校卒業を機に腰まで伸びた髪を切り、寄付するそうです。
 2年位前だったと思いますが、大人の男性がヘアドネーションを目指してがんばっているけれど、周囲の目はなかなか大変と書いていました。作家かミュージシャンか、はたまたプロレスラーか、その辺りじゃないと変な目で見られるでしょうね。いっちゃんの時代はまだ、ロン毛の若者はそこそこいました。
 ふと思ったのですが、もしも中学生や高校生の男子が、ヘアドネーションに目覚めたら、学校はどういう対応をとるでしょう。ヘアドネーション同好会なんてのを作って、みんなで3年間髪を伸ばして寄付しようなんて決めたら、認められるでしょうか。すごく興味があります。
 いっちゃんの退職後に、いっしょに髪伸ばしてほしいと頼んだら、きっとしてくれたと思います。いっちゃんのは天然のウェーブのすてきなウィッグになったと思います。写真は学生の頃(九州)と、教員になってから(横浜)の物です。
 新田パパ、金メダルおめでとうございます。桃佳さんもすばらしいF647.gif なおみちゃん、決勝のびのびやってください。
by nyankai | 2018-03-18 16:50 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(4)
 羽生君、宇野君、金銀メダルおめでとうございますF647.gif
昨日は新聞や郵便のために昼過ぎもう少し雪かきをして、ヘロヘロになってクライマックスを見ました。テレビの前に正座して、息ができないほどになりながら、ラシ~ド~シドシ・・・ピ~ヒャラ~ドンF3F1.gifの瞬間に、私は歴史的瞬間を見たと感じました。「何度もだめだと思った。生きてて良かった」そうか、そうか、そうだよね。余談ですが、SEIMEIのお衣装、前のとd0017084_9335618.jpgけっこう変わっているのですね。
 宇野君は、1個目のジャンプを失敗して、笑いがこみ上げたと言うからすごいね。参考にします。「トゥーランドット」のステージに立って(立ったこと無いし、これからも立つこと無いけど)、合唱団員として一緒に歌っている気分でした。Vincerò(我は勝つ)! 出ろ出ろドーパミン。羽生が盾になってくれるので、楽チンでしたって、インタビュー中にくしゃみして、ジャージの紐気にしてるあなたって、面白すぎる。
 Q.いっちゃんはなぜミステリアスなおっさんなのかF65B.gif
 A.息子が書いてくれた文章の中で、なるほどと思わせられたのが、たぶん内側にはたくさん面白いことを考えているだろうに、それを発表することに全く執着が無いことが不思議であることでした。息子も私も、書いてナンボです。これはなぜかというと、「イイネ」がほしいにしても、コメントが嬉しいにしても、つまりは共感してほしいからでしょう。たまに、思いもよらない反対意見にうろたえる危険もありますが、基本はそうだね~と言ってもらえる事で、自分を認識できるのです。
 d0017084_934468.jpg人は人に向かって何事か発信して、その反応を見ることによって、自分を評価する気がします。もって生まれたかもしれない才能も、元々の性格さえも、人という基準があって初めて、それが自分なんだとわかるのです。承認されたと安心するのです。評価ばかりを気にして生きる、という意味ではないけれどね。でもいっちゃんと言う人は、その基準が無くても、自分がわかっていたのかもしれません。だから、発信する必要など無かったのでしょう。それに加えて、たいていの人はそうではないことも、わかっていたのです。
 いっちゃんは、どんな環境でもアイデンティティーを保てる、柔らかくて強い人だったのです。もしもいっちゃんも書き魔だったら、私達は上手くいかなかったかもしれません。息子に結びに「あんなかっこいい大人はいないかぁ」と書かせる父親って、あっぱれです。でもわかりにく過ぎて、作品にはできないそう。じゃ、私が書き残さなくてはとは思うけれど、難しいなぁ。書けたら、芥川賞ものです。そんないっちゃんと、フィギュア見たら、さぞかし愉快だったでしょう。
 藤井君が羽生さんに勝って、最年少で六段になったそうですね。すばらしいことです。
 今朝はまだベッドの中にいるうちに、トラクターが出動してくれていました。助かりました。
by nyankai | 2018-02-18 09:30 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(2)
 昨日の朝、札幌に出かけるときは、いっちゃん最後の日、前夜に病院から呼び出しがあって、病室に泊まったんだっけ等と思いながら家を後にしました。医者ってやっぱり、もうわずかだってわかるんだなぁ。
 紺バッハを、みっちりやりました。何だかんだ言いながら、メンバーが微増している所が、ファーチレの強さです。まだまだ楽譜にかじりついて必死で歌うのが精いっぱいなのだけれど、d0017084_946515.jpg教会、十字架、マリア像、ステンドグラス、できる限りの妄想をフル稼働してみる。この間アル子ちゃんに見せてもらった、「サウンド・オブ・ミュージック」のDVDの冒頭部分の映像等も総動員です。
 もちろん合唱だけに限ったことではありませんが、指導者から「(音が)下がらないこと」「狂わないこと」と注意され、誰かれとなく「間違わないこと」が追加され、とどめは「めげないこと」でした。頭の中で急に、「それが一番大事」(大事MANブラザーズバンド)が鳴り始めました。息子が小学校で歌ったわ。家でも良く歌っていました。本物は「負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと」です。今の私に、この歌をまっすぐに歌う元気や強さは無いけれど、懐かしく思いだす位はできます。良いんです、それで。
 「スタバ」の8番のソロの件が、ほらほら白羽の毒矢のあれ、再び飛んできました。こんなに具合が悪いのだから、本当ならば引き受けるのは無責任なのですが、そんな思いとは逆に「やらせていただきます」と、口が勝手に動いてしまいました。良いのか、私。
 練習は充実していましたが、左腕はけっこう辛かったです。駅までの地下鉄の中で、歌友が「今日命日だね」と言ってくれました。誰かがd0017084_9465632.jpg何がしかの想いを持っていてくれたかもしれないけれど、やっぱり口に出してもらえたのは、嬉しかったです。ありがとう。
 札幌駅まで戻った頃には、左脚もボロボロな感じでした。でも少し時間があったので、本屋に入ってみると、文藝春秋が山と積まれていました。「おらおらでひとりいぐも」が入っています。すぐ側には単行本もありましたが、こちらの方が安くて、他にも読み物がたくさん収録されているので、お買い上げ。さあ読むぞ。
 昨日の夜、バスが着いたら、シエンタちゃんのフロントガラスは凍りついてガシガシでした。いっちゃんの命がついえた時間、私は氷と闘っていたのでした。その間は、だるさを忘れながら。
 息子がいっちゃんのことをこんな風に書いていました→ここ(3,566文字も書いている、さすが息子だ)。良く見ていたなぁと思います。そして、息子が知りたがっていることを、私はいくらか知っているかもしれないとも思いました。伝える力が、私にはあるだろうか。私も多いに知りたい。いっちゃんは、今の息子を何と言うだろうか。笑美ちゃんにどれだけメロメロになるだろうか。そして、パーキンソンの私を、どんな風に包んでくれるだろうか。
by nyankai | 2018-02-12 09:40 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)
 ダリが吐きました。毛球コントロールをしてやっているのにおかしいなと心配して、吐いた水分を見ると、思い当たるものが混ざっていました。イチゴF6AD.gifのヘタ。アル子ちゃんが歌会に持って来てくれて、みんなで食べたのでした。もう、ダリったらぁ。ケロッと元気になりました。やはり思った通り、歌会の間はあまり苦痛を感じることもなく、d0017084_855276.jpg楽しく練習や打ち合わせができました。起きている時間はすべて、少なくとも誰かと一緒にいて、意味のあることをしていないと、ということになっちゃう。できるわけないよね。
 いっちゃんが死んでから、10年が経ちます。ブログを書き始めたのが2005年の4月なので、いっちゃんに健康上の問題が無い(本当は発病していた)2/11の記事は、2006年だけです。「トリノオリンピック開幕」と、「マタイ受難曲」の練習に行ったことがd0017084_856407.jpg書いてありました→ここ いっちゃんは、キタラでのマタイの本番のステージには立てませんでした。幹細胞移植を乗り越えて退院したてでしたが、私にはコンサートに出るように背中を押してくれて、ソプⅡの私が良く見えるように、上手の最前列に座って、聴いてくれていました。翌年、2008年2月11日の夜、いっちゃんは帰らぬ人になりました。
 10年経ったなんて、不思議な気分です。私、52歳だったんだ、若かったわ。かわいそうに、私。良く10年も一人で生きてこられたものだと思います。もう十分だって気もします。パーキンソン抱えてこれからも生きて行かなきゃならないなんて、考えただけでも疲れます。
 写真を何枚か見つけました。いっちゃんは写真を撮るのが好きですが、自分はあまりうつりたがらなかったので、2人でうつっている写真はごく少ないです。
 そんな私はまだ、ファーチレで歌っています。今日はこれから練習に行ってきます。2009年の2月11日は、私たちが出会った大学のコンサートで「ふるさとの四季」を歌いました。私の2月11日は、歌う日として定着すると良いなぁ。
 スキーアスロンって、知りませんでした。不思議な競技です。途中でクラシカルからフリーへと、スキーを取り替えるの。
by nyankai | 2018-02-11 08:51 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(2)
第二回プラチナブロガーコンテスト 自由部門
 おはようございます。おや、外が白いF65D.gif
 ほっこりする思い出がある物は捨てなくて良いとは言ったものの、ほっこりするかどうか、存在しているかどうかすら知らない物はいただけないので、毎日ほんの少しですが発掘確認作業をしています。ほとんどほっこりして、又しまっちゃうんですけど、d0017084_8445063.jpgほら、幸せは引き出しの隙間に宿ると言うから、ちょっとだけ隙間を作ってやるのです。ニャンコ座に住んで、もうすぐ11年が過ぎようとしています。同じ所にこれほど住んだ事はありません。引っ越しすれば、ある程度思い切りものが捨てられたし、少なくとも何を持っているのか認識できていたのですが、この11年でそれすら忘れてしまいました。
 いっちゃんは本当に旅行が好きだったし、行った先の資料は完璧に持ち帰り、割ときちんと保存してありました。ということはわかってはいたのですが、とにかくそれはいっちゃんが担当者なので、私が触る事もありませんでした。なのに、本人がいなくなってしまったのですから、そろそろ開けてみるのも大事かと思いました。おそらくいっちゃんが生きていたとしても、今時ネットでどんな情報もわかるので、もう必要ないと、案外サバサバ整理してくれているかもしれないしね。
 一緒に行った旅行の分はもちろん私も記憶があるのですが、職場の旅行の分は、ヘ~F65A.gifホ~F65A.gifの世界です。とあるプラスティックの箱の中身は、香港旅行の物がどっさり入っていました。香港・・・確か行ったわ。いつだったかなぁ。d0017084_8453979.jpg写真も一緒に入っていました。この風体だと、それほど前のことではないでしょう。十数年前ってところかな。十数年前って、今年でいっちゃんが死んで10年なんだよね。この写真の人が、今私と一緒にいてくれないって、なぜなんだろう。一番良く見ていた顔なのに。
 もう1枚、不思議なものが発掘されました。職場の歓送迎会のプログラムです。1997年とあります。いっちゃんは、離任する人でもないし、着任する人でもないのに、幹事だったのかもしれませんが、自分の顔をデザインに取り入れる様な厚かましい人じゃないし、不思議だ。そういえば、似顔絵描くのが得意な先生がいたかもしれない。いっちゃんは、個性的な風貌だったので、描きやすかったのかも。描いてくれて、ありがとう。
 今日は、今年のファーチレ歌い初めです。年賀状は今日中に投函してくださいね。
by nyankai | 2018-01-07 08:43 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)
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053.gifHappy HalloweenF3C2.gif&Happy Wedding anniversary 35053.gif
 今日は結婚記念日です。35年目は、珊瑚紺式だそうですよ。珊瑚が長い年月を経て成長することが理由だそうです。桃色珊瑚のアクセサリーを贈り合うとか、珊瑚が見える海への旅行とか、クルージングデートがお勧めだそうです。あ~、羨ましくってd0017084_921553.jpg、泣きたいです。
 いっちゃんがアミロイドーシスを抱えたまま、私がパーキンソンになったら、共倒れかもしれないけれど、でも、こんなに心が寒くなることはやっぱりないと思います。日が暮れて行く時間帯など、本当に生きているのが嫌になります。それなのに、いっちゃんは呼んでくれない。辛いことから逃げ出したくても、それができないんですから。とても悪くなったように思うのだけれど、去年のブログにすでに「脚と腕、冷たくて軽い痛みもある。辛い」と書いてある所を見ると、今の辛さは、体力が相当無くなっていることと、気持ちが疲れ果てているってことかなぁ。
d0017084_9221887.jpg 「おめでとう35年」なんてタイトルにしてみたのは、少しでも元気になりたいと思ったから。珊瑚の海に旅をした写真を見つけ出しました。2001年、そう、9.11同時多発テロの年でした。もう忘れてしまいましたが、いっちゃんの職場の記念日と何やかにやで、12月上旬にお休みが取れたのです。それで、沖縄のリゾートに行ったのでした。テロのせいで、沖縄の観光が大打撃を受けていた渦中でした。
 いっちゃんにおいて行かれてものすごく不満だけれど、こんな思いをするくらいだったら出会わなきゃ良かったとさえ思うこともあるけど、でもやっぱり結婚できて良かったです。いっちゃんがいたら、63歳かぁ。お金無いから大旅行は無理だったろうけれど、絶対においしいもの食べに行くだろうな。
by nyankai | 2017-10-31 09:19 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)
       いっちゃん63歳おめでとう010.gif
 昨日は月一の歯医者でした。いつまで毎月なのかと思いますが、歯垢取りして、フッ素塗ってくれるから良いとして、待ち時間が長いのに閉口します。昨日も9時半予約で、少なくとも1時間は待つだろうと、単行本を持って張り切って出かけたら、30分経たないうちに呼ばれました。入るなり「おまたせして申し訳ありません」と。私、ハタと膝を打ちました。先月アンケートに答えました。「待ち時間が長くて、仕事のを抜けて来た人などが困ると思います。予約の取り方に無理があるのでは?d0017084_9193699.jpg」と書いたっけ。
 歯医者の話ではなく、今日はいっちゃんの63歳の誕生日です。63歳のいっちゃんは、おそらくそれほど外見は変わっていないんじゃないかと思います。
 いっちゃんのお父さんは、炭鉱に勤めていました。石炭掘りではなく、電気工事をやっていたそうですが、炭住に住んでいました。その頃(昭和34~35年辺り)の妹さんといっちゃんの写真です。いっちゃんと義母はそっくりです。このあか抜けない様が、かわいくって幸せそうです。でもなぜか、いっちゃんが持っているぬいぐるみが、どうみても「コアラ」みたい。そんな訳は無い。鼻がちょっと小さいから、やっぱり熊か。
 コアラが日本で知られるようになったのはいつごろかわかりませんが、日本に来たのは1984年で、「コアラのマーチ」発売もその年です。息子が大好きで、私の母がすぐに買い与えて困ったのですが、幸い虫歯にはなりませんでした。
 コアラの話ではなく、この写真の、敷いている赤ちゃん布団の様な物、d0017084_9201637.jpg後ろのたんすなど、昭和の、貧しくても、時間がゆるやかに流れ、人々の心にはゆとりがあったような気がします。
 もう1枚は、おそらく大学2年の時の写真です。長髪にトンボ眼鏡のいっちゃんと、横の女性は「ニャン」(本名のわけないしょ)と言う先輩です。その隣の嫌にかっこつけてる男性は、知らない。コーラとファンタの瓶があって、後ろの遊具で遊んでいるのも、たぶん大学生でしょう。私が入学する前です。
 いっちゃんがもし生きていたら、歌はうたっているだろうけれど、友達と出かけることはあまり無いだろうなぁ。いつでもいっちゃんと一緒に出かけるだろうから。いっちゃんはもう笑美ちゃんに首ったけで、大変な事になっていると思います。
 いっちゃん、今年は、私の体がゆっくり治って、外仕事ができるようになりますよう、何とかお願いします。今日は、「讃歌」のマエストロ練習です。一緒に行こう、いっちゃん。
by nyankai | 2017-03-18 09:14 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)