カテゴリ:おはなし( 115 )

 相変わらず猛暑が続いていますね。ニャンコ座町は、そこそこ暑くはなりますが、窓さえ開けていれば、気持ちの良い風が入ってきます。今日からは少し気温も下がるようです。北海道の夏を甘く見ちゃいけません、すぐに寒d0017084_8543375.jpgくなりますから。
 それにしても、東京医科大学の女子減点の件、あれ~っ、生産性のある人が大事なんじゃなかったっけF65B.gifそれを減点するんですかF65B.gifもう話になんない。
 知人に絵本作家がいます。とは言え、彼女とは元々幼稚園のママ友で、その後は別々な所に住んで、1度は交流が途絶えましたが、年月が経ち不思議な再会をしました。彼女は仕事をしながら子育てを終え、新たにお店を始め、今は地域の子どもたちを育て、そして2冊目の絵本を出版したのです。何刀流だF65B.gifこんなこと、男にはd0017084_8552928.jpgできるまい。
 1冊目は、2006年の「つばめのつんちゃん」でした。そして、今回2冊目は「ナンテンのほんのきもち」です。中身をご紹介したいところですが(表紙だけね)、皆さんぜひ、手にとって見てください。犬の話しです。友達が何かがんばっていたら、目いっぱい応援したいじゃないですか。さっそく2冊購入しました。1冊は自分の。もう1冊は笑美ちゃんに。まだまだ早いでしょうが、嫌がらなかったら読み聞かせてやってほしいなと思います。絶対に伝わると思います。
 私がこんな事言うのははなはだ失礼ですが、つんちゃんからナンテンへ、彼女ずい分と絵が上手くなったと思います。どうしてもちょっと見たい方は、オリジナル絵本サイト「いしだえほん」→ここ から、試し読みと購入ができます。
 この絵本のd0017084_8564856.jpg構想には、何かヒントがあったのかをたずねると、自身の体験がきっかけだとのことでした。だから、荒唐無稽な絵空事ではなく、しっかりと伝わってくる物があるのでしょう。秋には3冊目の、リスの本が出るそうです。楽しみです。その次は、猫の本もよろしくです。
 6月から7月にかけて、あんなに不順な天候だったのに、ラズベリーがとれてとれて困っています。ブルーベリーも開始しました。長袖・長ズボンで、ラズベリーとりに来てください。蜂はいません、虫よけスプレーあります。
 そうそう、この猛暑の中、腹巻きと長袖パジャマの売れ行きが良いのだそうです。冷房を入れたまま寝るので、必要なのだそうです。わかるわ、それ。
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by nyankai | 2018-08-04 08:53 | おはなし | Trackback | Comments(3)

 北海道にもようやく桜前線F6A3.gifがやってきました。桜前線が梅前線を追い越したようです。ニャンコ座の桜はまだ先、来週でしょうかねぇ。
 昨日昼前に、下っ腹が強烈に痛くなりました。トイレにこもること30分以上、陣痛みたいに(本当は忘れました)、波状攻撃してくる痛みに、汗びっしょりになりました。すべて排出してしまって、ようやく解放されましたF46C.gif。これって、思いっきり生活感ですね。体力消耗して、けっこうな時間ぐったりしていました。その後食べてはいますが、今朝もまだいささかすっきりしていない感じです。パーキンソンとは、たぶん無関係でしょう。いや、消化力不活性化という点で、d0017084_950292.jpg多少間接的にあるかな。 
 「シベリア抑留最後の帰還者 家族をつないだ52通のはがき」栗原俊雄著、を読みました。私、こういった硬派なドキュメンタリーが、けっこう好きなのです。知らなかったことを知るのが、喜びなのです。シベリア抑留の最後の帰還者の1人、佐藤健雄さんが妻とし子さんらと交わしたハガキが見つかり、それを資料として書かれた本です。
 満州と言えば、ちょっと前に放送された「どこにもない国」を見ました。丸山邦雄さんのことは、初めて知りました。母のお姉さんが満州からの引揚者で、母からほんのちょっとだけ、その苦労話を聞いたかな、そんな程度でした。そのほんのちょっとの中に、満州ではそこそこ良い暮らしをしていたらしいことが、あったように思います。
 私が満州、引き揚げと聞いて、1番に思い浮かべられるのは「大地の子」です。残留孤児の方達のその後は、どうなっているのでしょう。それからシベリア抑留は、ミュージカル「異国の丘」です。抑留体験を持つ方は一人知っていましたが、その方も亡くなりました。
 佐藤健雄さんは満鉄従業員で、大連で家族と裕福な暮らしをしていたそうです。奥様と5人の子どもさん、健雄さんのお母さんは、新京で1年過ごして、1946年に帰国できました。それこそd0017084_9511777.jpg丸山邦雄さんらの尽力だったのでしょう。佐藤健雄さんは抑留され、帰国したのが1956年というから、敗戦後11年です。何と、私が生まれてからのことです。
 捕虜が母国に手紙を出すことは、国際法上で認められているそうです。抑留が始まって1年以上が過ぎた1946年秋にようやく許されたそうですが、健雄さんのハガキが初めて届いたのは、1952年夏だそうです。生死さえ分からなかったのですから、どれほど嬉しかったことでしょう。
 昨日お腹が不調で思ったのですが、引き揚げとか抑留とか、そんな状況下では、私は絶対に真っ先に死んでしまう、生き残れない弱い部類の人間だなと、確信してしまいました。
 戦争を知る人は本当に少なくなってしまいました。体験者が多くを語りたくないのは、きっとそうなのだとは思います。でも、知らなくてはならないことなのです。
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by nyankai | 2018-04-26 09:49 | おはなし | Trackback | Comments(2)

 昨日は昼過ぎまで疲労を引っ張って、目が疲れて頭がボ~ッとし、全身だるい感じでした。午後になってようやく動く気が起きて、例のお手紙を書いて、出しに行きましたが、左脚に何かが溜まって動きにくく、d0017084_9114381.jpg左手が冷たくなって困りました。
 図書館に行くと、新刊コーナーで、ひらめきだけで借りることが、多々あります。結果失敗だったことも、当然あります。タイトルと、ホットケーキのカットに惹かれて、森下典子さんの「こいしいたべもの」を借りました。味の思い出をたどったエッセイです。
 「はじめに」を読み始めて、もし今誰かに「幸せって、何?」と聞かれたら、迷わず「あの日の夕方」と答えるという件があり、あの日の夕方というのが、休日に家族で出かけて、帰宅して早めのお風呂に入って、お母さんが作ったちらし寿司と澄まし汁と刺身を食べたことだと、書いていました。何だかすごく共感できたのです。同じようなことがあった。そう思って、森田さんのプロフィールを見ると、私の1歳下です。生まれ育った場所も、その後の人生も全く違うのですが、昭和30年代の同じ幸せの匂いを、文章で感じとれたのです。息子にも、そんな幸せな思い出はあるだろうか。
d0017084_9121783.jpg 様々な食べ物が取り上げられていますが、中の1つ。「身も心もほどけるクリーム白玉あんみつ」を。森田さんはそれを、渋谷の東急文化会館に入っている「銀座立田野」で食べたそうで。森田説によると「クリーム白玉あんみつ」は、「みつ豆」→「あんみつ」→「白玉あんみつ」→の進化の頂点だそうな。なるほど。
 私は田舎に住んでいたので、子どもの頃に食べたのは、缶詰のみつ豆でした。大学生の時に、自治寮の全国大会に派遣させてもらって、終わった後、東京の阿佐谷の従姉の家に寄りました。その時、どこかに連れて行ってくれて、いわゆる甘味処に入り、好きな物を食べて良いと言われました。その時食べたのが、クリーム白玉あんみつだったと思います。寒天を食べた時に、オヤッと思いました。それにほとんど味が付いていなかったのです。私がそれまでに知っていた寒天は、缶詰の中で、しっかりと甘いシロップが沁み込んでいたのでしょう。黒蜜と味のない寒天を一緒にすくって口に入れる、もうそれは衝撃的に美味しいものでした。
 スーパーで、缶詰のみつ豆を見つけたので、思わず買ってしまいました。大したブロガー魂です。まず、出発点を見極めたかったので、あんこは買いませんでした。夕食後に食べてみたら、寒天は思ったより硬くて、味はほとんどしませんでした。私の記憶がいい加減だったのか、時代が変わったのか。
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by nyankai | 2018-04-10 09:10 | おはなし | Trackback | Comments(2)

 二日間も嘘に付き合っていただきましたが、今日は嘘は無いですよ~。
 ここの所ちょっと気になるのが、何となく食欲が今一なこと。お腹がすきにくく、すいても食べたい気がしないし、食べてもあまりおいしいとか、嬉しいとか感じないのです。薬のせいなのか、気持ちの問題なのか。微妙に痩せて来て、困っています。ランチd0017084_93125100.jpg誘ってください。
 ある子ちゃんが、漫画を貸してくれました。F465.gif「夜廻り猫」の1・2・3(深谷かほる)です。なぜ唐突に漫画を貸してくれたのか、釈然としませんでしたが、読み始めてすぐに理解できました。夜廻り猫の遠藤平蔵と片目の子猫重郎が、泣きたい人、時に猫同士を癒してくれる、8コマ漫画集です。基本、悪意は登場しません。
 出てくる人間は、どこにでもいる普通の人達で、良くありがちな辛いシチュエーションもありで、遠藤と重郎は、「泣く子はいねが~」と、見守っていてくれるのです。たいていはただ話を聴く、ご飯を炊き一緒にかつぶしご飯を食べることもあります。泣いていた人も、それでぬくもります。ダリと一緒に、猫まんまが食べたいと思いました。
 生きる目的がわからない、自分は何も役に立っていないんじゃないか、色々考えてしまいますが「生きているだけで、それが大仕事だ」と書いてありました。朝、目が覚めたら、とりあえず今日も1日生きてみようかと考える、何もできなかった日の寝る前には、今日も1日生きて来た私、それだけで良くやったと褒めても良いのかもd0017084_9373574.jpgしれません。
 2巻に、都会に住む男(たぶん色々上手くいかなくてお金が無い)が、最後の百円で、公衆電話から地方の母親に電話をかけ、「元気にやっている、心配いらない」と精一杯の嘘をつく。その公衆電話と遠藤が「あの子は大丈夫」と話す、というのがあります。嘘って、やっぱり大切です。嘘をつくなら全力でつく。騙されてやるのも大切だし、でも気付いて、最後の最後に手を差し伸べるのも大切。結局今日も、嘘の話題が出ましたね。
 ある子ちゃん、良い本を貸してくれて、ありがとうございます。ある子ちゃんが、私の夜廻り猫さんだったんですね。もう少し、貸しといてください。夏には4巻が出る予定だそうで、楽しみです。重郎が、いつまでも大きくなりませんように。
 4月になると、夕方のオルゴールが、5時から6時に変わります。1日に何となく違和感があったのですが、昨日その原因がわかりました。音楽も「新世界2楽章」から「夕焼け小焼け」F34D.gifに替わっていたのです。どちらも好きなので、それはそれで良いですが。
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by nyankai | 2018-04-03 09:28 | おはなし | Trackback | Comments(4)

 小平さんのスタートの構えの時の指って、とてもエレガントだと思いませんかF65B.gif ウィリアムソン君と小田君が育った浦河で、中学生の時スケート祭みたいなものに出たことがあります。1,000mだったのかなぁ、疲れた脚がどんな風になるかと言うと、何でもない所で、ただステンと転びます。それがおかしくて、笑ってしまいます。
 さて、芥川賞受賞作「おらおらでひとりいぐも」を読みました。書いたのは同年代の、そしてご主人を病気で亡くした若竹千佐子さんです。向かう先にある老い、一人孤独を生きることの痛みと喜びを知る老女桃子さんを描いた作品です。若竹さんはご主人に死なれて絶望しかなかったけれど、そこに豊穣があるがあると気付きd0017084_9393322.jpg、書かずに死ねないと思ったそうです。
 遠野弁はやや読みにくかったですが、文章そのものはそれほど難しいものではありません。桃子さんは少し上の世代、夫とは死別し、大きな事件があった訳ではないけれど、子どもたちとは疎遠になっています。複数の自分が脳内で会話をする様子は、なかなか私には無い感覚です。趣味のサークルに行くでもなく(趣味があるという記述は無い)、友達とランチするでもなく(友人も登場しない)、それを自由と感じ、ひとりで生きる桃子さんは、やたら強いなぁと思います。そんな桃子さんでも、たまに寂しさが襲って来て、おしゃれをして病院に行きます。やっぱり寂しい時はあるのだと、安心します。
 私は「いぐも」を最初から「生く」と解釈していましたが、友人(読む前)は「逝く」だと思っていたそうです。言われてみると、そうかもしれないと思いました。文中には、夫のお墓参りに行く途中で足首を傷め、それでも黙々とお墓に向かう様子に、かなりのボリュームが割かれています。もしかしたら「行く」なのかとも思います。たぶんそのすべてを包み込んだ「いぐ」なのでしょう。d0017084_9402362.jpg「行く」と「生く」は同じように使えるし、その先は「逝く」なのだし。
 桃子さんの夫はすばらしい人で、心から愛していたけれど、愛される自分であろうとしていたことに気づいて、だから死なれて自由になったという意味らしいです。う~ん、私はいっちゃんに対して、そんな風には思ってはいなかったなぁと思います。
 小説なのだから、孤独を生きる喜びで完結して良いし、娘との和解を感じさせる終わり方で良いのだけれど、私はその先が不安でたまりません。桃子さんの境地は遠いです。
 エフピーを飲み始めて、寝られない副作用の他に、むかむかするが思い当たりました。「吐き気」は書いてありましたが、元々胃腸軟弱体質なので自覚なかったのです。ここへきて、あるパターンに気付いたのです。朝食後飲んで、30分くらいすると気持ち悪くなります。あわてて、ドンペリドンを飲むと、小一時間もしないうちに、嘘のように治ります。
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by nyankai | 2018-02-20 09:37 | おはなし | Trackback | Comments(0)

 原君、美帆さん、沙羅ちゃん、メダルおめでとうございますF647.gif。夏のオリンピック種目は、タイムも距離も関係無しだと、走ることと泳ぐことはできますが、冬の種目はできるものがありません。子供の頃スピードスケートにのった位です。
 「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」というタイトルで、京都産業大学での永田和宏さんが企画した講演・対談シリーズ「マイ・チャレンジ 一歩踏み出せば、何かが始まる!」を本にしたものですd0017084_948068.jpg。山中伸弥さん・羽生善治さん・是枝裕和さん・山極壽一さん(日本の霊長類研究の第一人者)が登場します。すべての方の感想をかけたら良いのですが、ここは今私の切羽詰まった問題に触れる、山中先生の部に絞ります。
 山中さんの家は町工場だったそうで、お父様は作業中の事故がもとで、急にではありませんが、亡くなったそうです。そのお父様の助言で医学部に入り、ご自身もラグビーをやっていてスポーツ医学に興味を持ち、整形外科医になりました。でも手術が下手で(本当です)、臨床医ではなく研究者を目指したのだそうです。
 渡米して研究して、ES細胞に出会った時、ご自分の研究が人の役に立つと考えました。その中に、パーキンソン病が入っています。でもES細胞は、ヒトの受精卵から作るので、政治と宗教のトップに反対され、その課題を克服しようとして出来たのが、iPS細胞なんですって。iが小文字なのは、2006年当時流行っていたiPodを真似たそうです。
 アミロイドーシスでだめになってしまったいっちゃんの腎臓と心臓を、山中さんに作り直してもらいたいと思いました。間にあわなかったけれど、今は私の神経細胞を修復してもらいたいと、切に願っています。
d0017084_9494740.jpg 息子がいっちゃんの命日に書いた文章がとても良いと思ったので、私にできる範囲で答えたいと思いました。息子よ、読めよ。題して「いっちゃんのなぞ解きコーナー」
 Q.子供や子育てというものをどう考えていたのだろうF65B.gif
 A.本音がどっちだったのかは、私にもわかりません。私が、自分の子どもってどういうものだろうかとても興味があると言ったら、喜んで大賛成してくれました。息子は叱られてばかりだったと思っているようですが、それはそれはかわいがっていました。私が仕事をやめたので、おむつ換えとか離乳食作りとかはほとんどしませんでしたが、いつもお腹に乗っけて寝ていたし、話しかけていたし、歌も歌っていたし。
 いっちゃんには5歳下の妹がいますが、働いていたお母さんに代わって、良く面倒を見ていたそうで、義妹はいっちゃんはとても優しいお兄ちゃんだったと、今も変わらず慕っています。又、小学校の先生としても、「ゲボとおしっことウンチが怖くて、小学校の先生なんかやれるもんか」と、低学年を積極的に受け持っていたし、A子さんの子どもがちっちゃかった頃も、3人まとめてかわいがっていたので、子どもは大好きだったはずです。だから、笑美ちゃんは離れていても、毎日目の中に入れて歩いていると思います。
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by nyankai | 2018-02-13 09:46 | おはなし | Trackback | Comments(0)

第二回プラチナブロガーコンテスト 自由部門
 昨日の、スーパーブルーブラッドムーンは、ちょうどその時をねらったように雪が降っていて、見えませんでしたF3EF.gif。たぶん30㎝強位の積雪は、ニャンコ座の大草原を大雪原にしてくれています。そこに、何種類もの動物の足跡があって、みんなみんな生きているんだってd0017084_905589.jpg元気づけられます。
 タイトルの「うしろめたさ」に何気なく反応して借りてしまった「うしろめたさの人類学」市場、国家、社会・・・断絶した世界が「つながり」を取り戻す。その可能性を、「構築人類学」という新たな学問手法で追及。強固な制度のなかにスキマをつくる力は、「うしろめたさ」にある!by松村圭一郎―は、借りたの失敗の難しい本でした。正確には、読むだけなら、特に言葉が難解な訳ではなく、読みにくいのではなかったのですが。ご自身が、幾度もエチオピアに行った体験から、気付いた事を、構築人類学的に???書いてあります。
 前半かなりの分量を割いて書かれているのは「感情」はどこからやってくるかです。とかく感情は自分の中にあって、場面に応じて湧き上がってくると思いがちですが、それは人との関係において初めて感じるものだと。そうですね、d0017084_913680.jpgもしもたった一人で生きているとしたら(ありえないけれど)、感情の類は湧いてこないかもしれないです。
 幾度も話題にしてきた、おひとり様の自由と孤独ですが、人との関係がストレスになる今、できるだけそれを軽くするために、人を介在しなくても良いように色々な仕組みが整ってきています。でも私など、そこがかえってストレスになっているように感じます。億劫でも買物くらいは行って、無人のレジなどとんでもない、レジの業務用笑顔に「ありがとう」のお返しの声をかけて、安心するのです。
 何か間違っているような社会にスキマをつくってやれるとしたら、「うしろめたさ」なのだということです。震災をはじめ自然災害などにおいて、テレビのこっち側にいる自分に抱くうしろめたさです。考えとは違う方向に流れて行く政治に対し、何も行動しないうしろめたさもあります。
 うしろめたさを感じたくないので、あらゆることは経済活動なのだと割り切ろうとし、嫌なものは見なかったことにしたいとがんばってきた結果が、今なのでしょう。でもうしろめたさが大事だなんて、何だかとても励まされた様な気がします。このつながりは、とても面倒くさいのですけどね。
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by nyankai | 2018-02-01 08:56 | おはなし | Trackback | Comments(0)

第二回プラチナブロガーコンテスト 自由部門
 ダリにラキサトーンを舐めさせ始めて、毛球が作られなくなったかどうかはともかく、ウンチになって出てくるようにはなりました。普通のウンチとは、明らかに形状が違うのを時々します。d0017084_9504916.jpgそれが毛球ウンチです。色が薄く細めです。
 図書館に返す日がやってきたので、せっかく読んだ本の感想を、書いておこうかと思います。1回読んだくらいでは、たぶん分かっていないと思うので、そこは程々に。
 「徳川がつくった先進国日本」です。磯田道史さんが書いた、「NHKさかのぼり日本史⑥江戸"天下泰平“の礎」の文庫化ですって。江戸時代には、内乱、自然災害、侵略など数々の危機があったのに、なぜ平和が保たれたのかについて、書かれてあります。
 お正月早々、ドラマ「風雲児たち~蘭学革命篇」を見ましたが、なかなか面白かったです。歴史の授業は嫌いではなかったので「解体新書」と、前野良沢・ 杉田玄白と、「フッヘルヘンド」の言葉は、未だに頭の中にありました。いや、そこに突っ込むのではありませんが、江戸時代はオランダとのみ交流があったと思っていたのですが、徳川も後期になって「露寇事件」というのが起こって、外国船打払令に至った。鎖国によってかろうじて繁栄が守られたなんてことが書いてあります。d0017084_953014.jpg私達がイメージする江戸の繁栄は、後期のものらしいです。
 さかのぼって、浅間山大噴火と天明の飢饉によって政治の矛盾と限界が明らかになりー「暴れん坊将軍」はこの辺、幕藩体制の転換があった。その前には宝永地震と大津波があってー「赤穂浪士」はこの辺、バブルに疑問が持たれ、成熟社会へ転換された。戦国の終焉は、「島原の乱」によってもたらされた等々。
 前書きにもありましたが、今の日本は、けっこう大変です。でも決定的に、日本に失望している訳ではなく、それは他に行く所もないからかもしれませんが、ほとんどの人は日本をまあまあ良い国だと思っているはずです。その良さ、落とした財布が世界で1番戻ってくる国、自動販売機が盗まれない国、リテラシーの高い国は、「徳川の平和」のなかでできあがったものらしいです。
 清水町で、復興第九060.gifがあったんですね。農民管弦楽団の定演として。成功おめでとうございます。
 昨日は昼前に1回、夕方に寝ていたい症状が押し寄せました。今日で1月もおしまいですが、長く感じました。年が開けたのは、ずい分昔のことのようです。何だかつまらないな、このまま生きるのは。
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by nyankai | 2018-01-31 09:48 | おはなし | Trackback | Comments(0)

 R.R.Singersごちゃまぜコンサートvol.8まで、あと14日060.gif
 図書館の、新しく入った本のコーナーに、ひらがなで、おもしろくもない語呂合わせの様なタイトル「けんせつのでんせつ」を見つけて、d0017084_10103937.jpgパラパラとページをめめくってみました。出版は、東日本建設業保証株式会社で、会社の50周年記念事業として開館した図書館が、15周年を迎え、社会的責任の一環として発刊したそうです。
 目次を見ると「左甚五郎」とか「振袖火事」とか「怨念で傾いた松本城」とか「姫路城伝説」とか、それはそれはエンターテイメントテレビ番組みたいなのがズラ~ッと並んでいて、旅行好き、お城大好きないっちゃんならば、泣いて喜ぶと思い、借りてきました。
 「左甚五郎」は、モデルはいますが、実在の人物と特定ができないのだそうです。ハ~~ッF65B.gif「八百屋お七」は「振袖火事」の伝説よりももっと前にあっただったそうです。ヘ~~ッF65A.gif「松本城」は、百姓一揆の首謀者の怨念で傾いたそうです。ヒ~~ッF7F5.gif「姫路城で」は、不具合の責任をすべて押しつけたれた棟梁が、投身自殺したそうです。ホ~~ッF46C.gif「播州皿屋敷」と「番町皿屋敷」は区別ついていませんでした、私、フ~~ッF7CE.gif
d0017084_1132083.jpg

 どの項目にも、科学的合理的な解説がなされていて、なかなかに説得力があります。それをわかった上で、伝説を楽しむのは良いことです。
 懐かしいアルバムをめくると、左甚五郎の「日光東照宮」も、「平清盛」ゆかりの地も、「松本城」も「姫路城」も、「平泉の金鶏山」も、「鎌倉」も、「東大寺二月堂」も、「法隆寺」も、この本に取り上げられている所の多くに、いっちゃんは連れて行ってくれたんだなぁと、今さらながらありがとうです。もう忘れちゃってる所もあるかもしれません。写真は、右から、1997年姫路城(母もいます)、1999年松本城、2001年東照宮です。
 デッキのペンキ塗り、一応完了しました。ペンキ塗っている間は、だるいの忘れているのに、終わったとたん辛い。
 ダリのトイレの使い方が変化したので、猫トイレを1つにしました。すっきりはしましたが、寂しいものです。
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by nyankai | 2017-09-02 10:09 | おはなし | Trackback | Comments(0)

 又、サラ~ッとしたd0017084_9184829.jpg雪景色になりました。
断捨離はしない、好きな物に囲まれて暮らしたいのですが、さすがに本が増えて行くのは困るので、基本は図書館から借りる、無い本はリクエストすることにしましたが、本が好きだったいっちゃんが残してくれた本も、どっさりあります。蔵書の中から見つけたのが「炎の女たち」(田辺聖子)です。「卑弥呼」「川島芳子」「志賀暁子」などが取り上げられていますが、今日は「与謝野晶子」です。
 以前、合唱のセミナーで彼女の「明日」という詩に、松下耕さんが作曲した、難易度高い曲を歌うに際して、のめり込みました。そういう要求をされましたし、そうしなければ歌えませんでした。
 与謝野晶子と言えば「君死にたまふこと勿れ」とか「みだれ髪」とかですが、数年前にCMにもなった「やは肌のあつき血潮にふれもせで さびしからずや道を説く君」です。これは鉄幹ではなく、優しい好男子の僧、河野鉄南のことらしい。
 d0017084_9192862.jpg女は貞操かたく、親や夫にさからわず、嫉妬をつつしみ、家にこもって育児に専念するのが美徳とされた時代に、そんな世間に立ち向かった晶子でした。「黒髪の千すじの髪のみだれ髪 かつおもいみだれおもいみだるる」だよ。もう、たまんないです。
 「明日」の中に幾度も出た「のろう」という言葉、印象的でした。「のろう」なんて、できれば言わず、書かず、一生を終わりたいじゃないですか。でも私にだって十分「のろう」という感情があります。
 戦時中(昭和17年)に亡くなり、残念なことでした。もう少し長生きしてくれれば、どんな歌を作ってくれたでしょう。そうしてそれらの作品は、きっと作曲家や声楽家が放っておかなかったと思います。阿木燿子も中島みゆきもユーミンもびっくりの、売れっ子作詞家になっていたのではないかと思います。作詞家になりたかったかどうかは、わかりませんし、迷惑かも知れませんが。私もそれを歌ってみたかったです。
「君ゆえにあまた楽しき時すぐし 死ぬ日となりぬ神もかしこし」そう言えたって、とても幸せですね。う~ん、私はそう言い切れるかな。言い切りたいです。
 左腕だるくて、タイピングしんどいし、ピアノもうまく弾けない感じがします。いえ、ピアノは単に腕前が落ちているだけかもね。左脚は夜になるとこわばって、歩きにくいです。嫌だなぁ。
 息子のクラウドファンディングは、森友学園のおかげかF6C0.gifhttps://motion-gallery.net/projects/warainonaikakukorea、今日のブログ送信時点で、136人836,500円(500円って?)になっていました。皆様、ありがとうございます。
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by nyankai | 2017-03-07 09:14 | おはなし | Trackback | Comments(0)