ニャンコ座から 「合唱」 「猫」 「ミュージカル」 「パッチワーク」 「亡き夫」 など 大好きなことをおしゃべりします おいでくださってありがとうございます

by nyankai

2018年 05月 18日 ( 1 )

 やっぱり寒くなっていしまいました。今日の最高気温予報は、一桁です。暖房復活。
 西城秀樹が亡くなりました。驚きました。今までに同年代やもっと若い有名人が亡くなること等ざらにあったのに、特にファンだった訳でもないのに(正直言って、ちょっとd0017084_9135024.jpgちりめんビブラートがかかる声は苦手だった)、同い年の秀樹が死んだって、ショックでした。
 西城秀樹と言えば、まずは「ヤングマン」でしょうか。小学校音楽専科だった私は、運動会の鼓笛隊の曲目に選び、若かったのです、無謀にも自分でアレンジしました。でもこの時に参考にした音源は、「ヴィレッジ・ピープル」の方でした。翌年、そのままののりで、「俺たちの時代」をやりました。1980年のモスクワオリンピックJOCの応援歌として作られたのですが、日本がボイコットしたので、このジャケットは希少d0017084_9163689.jpg価値がありそうです。
 でも英樹と言えば、やっぱり「傷だらけのローラ」ですね。上手い言葉が見つかりませんが、照れとか迷いとかそんな物はみじんもなく、かっこいい秀樹が無様なほどひたすらローラを求める姿に圧倒されました。
 若い頃、実力のある歌手になり、バラードを歌いたいと言っていたのが、記憶にあります。昨日、祐友・グレ友が、こんな情報をくれました。1974年夏、すでにトップアイドルで、テレビドラマでも人気で俳優としても評価されていた秀樹が、大阪球場でコンサートを開き、ゴンドラに乗る演出などもありました。そこで歌ったのが、イギリスのロックバンド、キング・クリムゾンの『エピタフ』だったのです。こんなのが残っていました→ここ(音デカイです、気を付けて)もちろん、エピタフはグレッグですが、秀樹ははやっている洋楽はなんでも聞いていたようで、中でも『エピタフ』は、抒情たっぷりに歌い上げるバラードで、その歌い方は後のヒット曲『傷だらけのローラ』につながっていったようです。何と嬉しい話ではありませんか。
 若くして脳梗塞になり、リハビリを続け、歌う意欲を失うことはなかったそうです。かっこいい秀樹が、決してかっこ良くは見えないリハビリを続けていたことが、d0017084_9192069.jpgそれを隠さないことが、私の心のどこかに大切に保存されていたのです。だからショックでした。秀樹のエピタフは、何でしょう。
 昨日の笑美ちゃんは、まず息子が苫小牧イオンのキッズコーナーで遊ばせたいからと連れて行く。私は千歳の、ひな祭りの着物を縫ってくれた方と、仲介してくれた人に、お礼を言いたいから、せっかく千歳に行くのだから、水族館に連れて行きたいと思い、午後に出発したので、けっこうあわただしかったですが、楽しそうにしてくれたので、良しとします。笑美ちゃんは、七色の声を出します。1番低いのは、階段を上るかけ声で、1番高いのは、ダリに発する猫撫で声です。
[PR]
by nyankai | 2018-05-18 09:12 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(2)