2013年 01月 16日
納得しないまま前を向いてみる (1/16)
前の前の大河「江」で、秀吉の側室松の丸が、夫を亡くしたお初に「夫(秀吉)が死んで寂しくは無いか?」と問われて「慣れますよ。」と、ホワ~ンと答えたシーンを、今でも覚えています。おねが「そなたはおもしろいのう。」と言ったような。その時は、絶対慣れるなどあるもんか、この脚本書いた人は大切な人を亡くした経験がないんだと思いましたが、そうかもしれないと思う、今日この頃です。
「寂しくはないか」と問われ「慣れました」
メリーウィドゥ5年が過ぎて
去年、古いクリスマスCDを見つけて再生した瞬間に感じた、小さな気持ちの華やぎがいったい何だったのか、正体はつかめませんが、私はその後、一昨年までは辛く寂しいだけで、いっそない方が良いと呪ってさえいた、クリスマス→お正月を超え、そしていっちゃんの最後の一ケ月の季節に入った今、やりたいことがどっさりある毎日のさ中にいます。
ブログのアーカイブスを読むと、まだ3秒で泣けますが、以前は声をあげて泣き、涙がとめどなく流れ続け、パソコンの前に座っていると、背中の後ろの漆黒の闇の冷たさに恐れ震えて、誰かに抱きしめてもらわないと変になりそうだと感じていたのに、背後にはいつも、暖房パネルのそばで寝ているニャンたちの寝息を感じられるようになりました。
「明けない夜は無い」も「終わらない悲しみは無い」も、全部ウソだと思っていましたが、そうかもしれないです。
いっちゃんはいつも気遣ってくれました。病人は寝ていれば良いけれど、私は大変だよねと。病院の帰りがけには、ベッドのいっちゃんの横にうつぶせに上半身をもたせかけると、頭や背中をなでてくれました。私と結婚したこと、息子が生まれて曲がりなりにも自立したこと、私が何とか困らずに暮らしていけるお金を残せること、だから自分の人生は良かったと言いました。
まずい、こんなこと書くと、泣けてくるじゃないか。私はいっちゃんが不治の病で私を置いて行ってしまったこと、ちっとも納得などしないよ。でも、納得しないまま、前を向きたいと思うのです。「元気になったわね。」と言われることに反発せず、素直に「はい、元気になりました。」と返事ができるように。