求むnyaibo (11/3 文化の日)

 今日は「第九」の練習を休む事にしました。ファーチレじゃないのだから、黙って休んだって気付かれもしないのだろうけれど、並びの調整などもするそうなので、一応事務局に連絡とおわびをしました。優しい返事をd0017084_9515086.jpg頂けました。
 昨日は肩が凝って、ちょっと頭痛もありました。左限定で。筋肉のこわばりはパーキンソンのせい。一昨日は、バスの中で眠くなったり、リクライニングチェアで長いこと本を眺めたりしていたのも、まずかったのでしょう。マッサージ器とお風呂等の総動員して、結局「コリホグス」のお世話になりました。
d0017084_9542219.jpg aiboが復活とか。テレビで見たのだけれど、かなり高性能なようです。nyaiboも作ってくれないかなぁ。永遠にダリと一緒にいられる訳はないので、その時は、ロボホンにするかと思っていた所ですから。
 その件で息子が、健康な子猫か若い猫をお迎えした方が良いと言います。お金だして買うんじゃなくて、里親になる。今ならまだ、ダリがしっかりしつけをしてくれるからと。実際にもしもダリがいなくなってしまったら、きついよと。ネギとマコの時は、まだそれぞれ残った猫がいたから乗り越えられたけどと。
 それはわかる、わかるけれども、私は自分に自信が無い。あと何年体が動くのか、到底子猫の寿命には敵わないから、ちゃんと飼ってやる責任を全うできない。現実として、去年や今年、自分が元気だったらd0017084_955513.jpg、もっとネギやマコの世話もできたろうに。病気になってしまったら、それ以外のことはできるだけ、身軽になっておきたいのも、正直な所です。
 笑美ちゃんの発熱は、どうやら「突発性発疹」だったようです。ほとんどの子が通過する病気ではありますが、苦しんでいる我が子を見るのは、切なかったでしょう。
 自然界って、不思議です。ニャンコ座の庭の紅葉は、きれいに赤くなったのは、早々に散ってしまい、今年は茶色で今一と思っていたのが、赤くなりました。ほぼ黄色の楓もあるし、その木その木によって、同じ木でも毎年違います。
 せっかく休ませてもらったのですから、今日は思う存分ゴロゴロしようと思います。ダリも一緒にそうしましょ。いや、まことに文化的。
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# by nyankai | 2017-11-03 09:50 | 社会 | Trackback | Comments(4)

4時間は思ったより長くはなかった (11/2)

 「交感神経シンチ」3割負担で、20,220円也を受けてきました。頭の検査ですが、心臓を撮影します。行ってすぐに、薬剤を注射し、1回目の検査。d0017084_9585429.jpg「放射性同位元素使用室」と読むだけでビビりそうな部屋ですね。実際は8分間寝ていれば良いだけ(動いちゃいけないけれど、普通に息して良い)なので、どうってことはないです。パーキンソン病などの自律神経障害を示す疾患では、この薬剤が心臓に集まらなくなることが知られています。これを利用して、パーキンソン病の診断の参考にすることができるのだそうです。
 さらに、4時間後にどういう変化をしているかも検査するものだということで、プライバシーが守られるようになっているリクライニングチェアで、ず~っと待ち続けたのです。受付待合室から、d0017084_9594392.jpg岩合さんの猫の本と、ニッポンの絶景鉄道の本を借りて、持ち込みました。1回目が終わったのが、11時40分頃でした。私の他にも、数人が何がしかの検査を待っているような気配がありました。
 具合が悪い時と言うのは、それなりの設備があれば、待つのはそれほど苦痛じゃないのかな。借りた本が良かったのか、苦痛もなく、時間が過ぎて行きました。4時間って、思ったより長くはありませんでした。少し眠ったかもしれないし。昼食は、用意して行ったものを自由に食べて良かったのですが、ここ数日、すっかり消化器がへたりました。d0017084_101455.jpg全然食べたくないし、無理して食べるともたれたり、お腹が下ったりしてしまうのです。だから、水分しか持って行きませんでした。
 時々聞こえる会話から、LSIクリニックが、ライフスタイルイノベーションクリニックなんだってわかったり、別の検査の「息を吸って~」のかけ声が聞こえたり。予定の3時20分よりかなり早く2回目のお呼びがかかって、1本早いバスで帰って来られました。
 次は6日に、別な検査を受けます。高額医療費の手続きもしました。
 帰宅して、ダリの顔を見たら、安心してどっと疲れました。お腹は空いていたので、少しだけ夕飯を食べて寝転がりながら、「第九」本番だけ出させてもらおうかなぁ、全く個人的な都合だけれど、勝手だけれど、そうさせてもらおうかなぁ、そうするしかないなぁ、どうかお願いしますと思ったのでした。
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# by nyankai | 2017-11-02 09:57 | パーキンソン | Trackback | Comments(2)

11月の逆襲 (11/1)

 今日は札幌で、「交感神経シンチ」という検査を受けます。4時間空けて2回やるんだそうです。何がしかの放射性医薬品を注射して、交感神経が集まる心臓をガンマカメラ(ガンマ線を可視化するカメラ)で撮影するみたいです。その減り具合を診るために、4時間後も必要みたいです。その間を、どう過ごそうか。つまり疲れてしまうか、d0017084_841799.jpg疲労回復に使えるかが問題です。
 母を悲しませたというボツ原稿のほかに、もう1つ発掘されています。せっかくだから、ここに書いておきます。書いたのは何歳の11月でしょうね。
    11月の逆襲
 二十日の卓上四季は「十一月の憂」についてだった。でも新聞を読む11月生まれの私は、遅めの小春日和の日差しが差し込む部屋で、猛烈に11月の反論をしたくなった。
 ひたひたと迫る冬の足音、日は短くなり、慣れない寒さは身に沁みる。山々は輝きを失ったのに、雪化粧は安定しない茶色の世界。行楽シーズンが過ぎたのに、クリスマスの華やぎにはもう1歩届かない。あ~、何と取り柄のない11月であることか、悲しい。
 でも、ちょっと待ってください。11月を再考してみましょう。この落ち着いた時を生かして、私はコンサートに出かけたり、ゆったりと買い物をする。来月に備えて、少しずつ家の中の片付けをする。あくまで、d0017084_845627.jpgゆっくりと。手紙を書いたり、長電話をする。たぶん相手もまだ忙しくは無い。年賀状の版画のデザインを考える。今のうちに風邪をひいておく。
 全国の11月生まれのみなさん、11月ってなかなか捨てたものじゃないですよね。ものは考えよう、周りが憂な風景でも、暮らしの工夫一つで色はついてくるもの。

 こんなことが書けたのも、あったかい家の中で、息子といっちゃんが帰って来るのを待っていられたからですね。少なくとも、誰も病気ではありませんでした。
 笑美ちゃんが、初めての発熱をしたそうです。当たり前にあることですが、新米のママとパパは、焦ったことでしょう。
 暖房を使い始めた10月の電気使用量ですが、去年同月の49%で済みました。良いね、ヒートポンプ。
 では、もう少ししたら行ってきます。
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# by nyankai | 2017-11-01 08:02 | 心もよう | Trackback | Comments(0)

おめでとう35年 (10/31 結婚記念日)

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053.gifHappy HalloweenF3C2.gif&Happy Wedding anniversary 35053.gif
 今日は結婚記念日です。35年目は、珊瑚紺式だそうですよ。珊瑚が長い年月を経て成長することが理由だそうです。桃色珊瑚のアクセサリーを贈り合うとか、珊瑚が見える海への旅行とか、クルージングデートがお勧めだそうです。あ~、羨ましくってd0017084_921553.jpg、泣きたいです。
 いっちゃんがアミロイドーシスを抱えたまま、私がパーキンソンになったら、共倒れかもしれないけれど、でも、こんなに心が寒くなることはやっぱりないと思います。日が暮れて行く時間帯など、本当に生きているのが嫌になります。それなのに、いっちゃんは呼んでくれない。辛いことから逃げ出したくても、それができないんですから。とても悪くなったように思うのだけれど、去年のブログにすでに「脚と腕、冷たくて軽い痛みもある。辛い」と書いてある所を見ると、今の辛さは、体力が相当無くなっていることと、気持ちが疲れ果てているってことかなぁ。
d0017084_9221887.jpg 「おめでとう35年」なんてタイトルにしてみたのは、少しでも元気になりたいと思ったから。珊瑚の海に旅をした写真を見つけ出しました。2001年、そう、9.11同時多発テロの年でした。もう忘れてしまいましたが、いっちゃんの職場の記念日と何やかにやで、12月上旬にお休みが取れたのです。それで、沖縄のリゾートに行ったのでした。テロのせいで、沖縄の観光が大打撃を受けていた渦中でした。
 いっちゃんにおいて行かれてものすごく不満だけれど、こんな思いをするくらいだったら出会わなきゃ良かったとさえ思うこともあるけど、でもやっぱり結婚できて良かったです。いっちゃんがいたら、63歳かぁ。お金無いから大旅行は無理だったろうけれど、絶対においしいもの食べに行くだろうな。
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# by nyankai | 2017-10-31 09:19 | 夫いっちゃん | Trackback | Comments(0)

母親と子どもの関係 (10/30)

 不思議な夢を見ました。朝方、私の横には笑美ちゃんが寝ているのです。ムクッと起きて、外見はまだ1歳になっていない赤ちゃんのままなのですが、かわいい声でしゃべるんです。でも、私は答えることができす、会話が成立しない。何を言ってくれたのかは、目が覚めたら、どうしても思い出せません。嬉しいのか悲しいのかわからない夢でした。笑美ちゃんに会いたいなぁ。でもこんな体調では行くことはおろか、来てくれてもお迎えできません。
d0017084_8574128.jpg ゴロゴロしながらできること、古い手紙をちょっと整理していたら、たぶん20年くらい前の、新聞投稿ボツ原稿が出てきました。
   母の悲しみ
 母を悲しませてしまいました。それも買い物を頼まれたという些細なことがきっかけで。母の言い方の中に、何となく安易さを感じてしまった私は、別に虫の居所が悪かった訳でもないのに、
「地元に気に入った物が無いか探してみたの?」とか、
「毎年新しいものが出てきているのに、自分の目でより使いやすいのを確かめてみたくないの?」などと言ってしまったのです。
 いつもの様に気楽に買って来てもらえると思っていただろう母は、すごいショックを受け、その夜は寝られなかったみたいd0017084_8581630.jpgです。
 母は今の私と同じ位の年齢(42歳です)で夫を亡くし、その後女手一つで弟と私に教育を受けさせ、社会に出してくれました。品数豊富なお店が近くに無く、車も運転しない母にとって、そう遠くに住んでいない実の娘の私がどんな存在であるかは、自覚しているつもりです。又、夫と息子も含め、いつまでたっても母には何かと世話になりっ放しで、いくら感謝してもしきれない私なのです。
 体力の衰えは当たり前にしても、母はいつまでも母であって、気力が萎えてほしくないのです。間違ってますか。
 「全く、冷たい娘だね」と文句の一つも言ってくれるならまだしも、電話の向こうで
「ごめんね、甘え過ぎたって反省してるから」って泣くなんて、あんまりだよ、お母ちゃん。
 この時の母の頼まれものが何だったのか、全く思いだすことはできませんが、年齢がまさしく今の私くらいであるのはわかります。私の近くに、実の娘はいない。もしもいたら、どっと頼ってしまっているのかなぁ。
 昨日はまあまあだと思って、午後買い物に行ったら、ドラッグストアを歩いていて、どうにもこうにもこわくなって、買いたいものすべてを買ってこられませんでした。
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# by nyankai | 2017-10-30 08:56 | 心もよう | Trackback | Comments(2)

珍しい「第九」 (10/29)

 1週間前は、「第九」は無理なんじゃないかと、そうねぇ、四分六で諦めかけていました。それ位具合悪かったのです。何より具合の悪さが最優先で、他のことに集中できない辛さがありました。d0017084_9395430.jpgこんなでは歌えない。
 でもあきらめが悪い性格だし、「第九」なんて一生に何度歌えるかわからないし(今年すでにぶっつけ本番で1回歌っていたんだっけ)、何でもベートヴェン時代の演奏スタイルにこだわるって言うし(誰がそのスタイル知ってるの?)、最初は半分冗談、ダメモトで誘ったN氏も出るしで、歌いたい、諦めたくない。
 とにかく昨日は、練習に行こうと思いました。本番指揮者の御法川さんの指導でした。「第九」は、大人数で、要点を押さえたら、後はひたすら元気全開で楽しく歌いきるので良いのかと、勘違いしていたふしがあります。それが、細かい指導で、目が回りそうでした。最大の、カルチャー・ショックと言うほどの違いは、最後の3つ振りでしたが、2つ目は、フーガのゆっくりとしたテンポでした。そうでなくとも、Aを伸ばす所は加齢によりしんどくなってきているのに、このテンポでは大変。息が続かないだけではなく、喉周辺が固まってくる感じです。でも、このテンポも、何度かやって行くと、ありだなぁと感じました。何より、ベートーヴェンは美しいと思いました。
 総じて、スラーとかレガートは、ほとんど無いと言って良い。dim.が多用される。そして次の言葉の頭をしっかり。あら不思議、ドイツ語が上手くなったような気がする。語尾の始末を、具体的に指示してくれる。指揮者によって、音楽はこんなに変わるんだ。きっと珍しい「第九」になると思います。d0017084_9415146.jpg万が一歌えなくても、絶対に聴きたいです。ベートヴェンにも聴かせたいなぁ。
 昨日は座って歌えたので、助かりました。でも左手で楽譜が持てない。右手で持つと、書き込みがしにくい。ほぼ暗譜しているのだけれど、指示は書きこまなくちゃ。指揮者を見ていると、ページめくれなくて、どこやってるんだかわからなくなっちゃったりしました。
 日本で年末に「第九」を歌う人口は、20万人を越えると言います。これは世界でも異例のことで、外国の指揮者が来日して、この事実を知ると、必ず驚くそうです。11/4が年末かどうかは、微妙ですが。
 今週は検査もあり、忙しいです。でも何とか、3日&4日歌えることを、だらだらしながら祈るだけです。左肩が痛い、ひどくなってる。
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# by nyankai | 2017-10-29 09:38 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

言いふらし (10/28 日勝峠開通)

 「パーキンソン」という病名は、ロンドンで開業していたお医者さんジェームズ・パーキンソンさんJames Parkinson(1775年-1824年)の名前からきているのだそう。ある時、パーキンソン先生の患者の中に、手がふるえ、身体が固くなり、次第に動けなくなる原因不明の病気が現れる。d0017084_952859.jpgこの症状に興味をもち研究を続けたパーキンソン先生。その結果を、学会に論文として報告したそうです。
 日高の合唱祭に誘われました。「第九」すら自信無くなっているのだから、それに加えて、この時期に練習に参加して、当日歌う決断をするのは無理だなぁと思って、その旨返事しました。そして、ちょっと体調を崩し・・・では後々面倒くさいので、ダイレクトに、「パーキンソンになっちゃいまいて」と書き加えました。そうしたら、「母もパーキンソンでした。どこそこの病院に行っていました」の返事が。あら、私が今回お世話になったクリニックの本院が書かれてありました。
 「そこの、新しくできた駅前のクリニックですよ」と返事したら、電話をくれました。お母様もやっぱり「こわいこわい」と横になっていることが多かったそうです。「今は医学も日々進んでいるので、大丈夫ですよ」と励ましてくれました。お母様の経過は、本当は聞きたかったけれど、聞けませんでした。
d0017084_96793.jpg 歌旅座の会場で会った人にも、お隣の苗屋さんにも、どんどん病名を言いふらしている私です。あいまいに具合悪いと言っていたのでは、おっつけ「治ったかい?」とか、態度を取り繕っていたら「元気そうだね」などと言われかねないですから。本当に元気になれていることが目標ですけどね。私が具合が悪いこと、完治する病気ではないことは、やっぱり知っておいてほしいのです。特別扱いしてほしいという意味ではなく、できないことはできないとする時に、余計な説明がいらないし、助けてもらいたい時だって、便利でしょう。
反応は、何通りかあります。言われた方は困ると思います。申し訳無いとは思います。でも当面、言いふらさせてください。
 今日は「第九」の練習に行ってみます。そうして、どれだけの体力が残されているか、本番で歌えるのかどうか、それで判断してみます。
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# by nyankai | 2017-10-28 09:04 | パーキンソン | Trackback | Comments(2)

ジュンコ様変わりとナリコのピアノ (10/27)

 まずは、日ハムのくじ運、おめでとうございます。これで大谷君も、少しは肩の荷を降ろせることでしょう。
 相変わらず寝ていたいのですが、昨夜は車に乗せてもらって、「歌旅座 OLD&NEW」に行ってきました。こわくてこわくて、自力では早々にめげていました。d0017084_9571533.jpgでも、会場の貫気別は、前の前に住んでいた所、ネギの生まれた所です。本当は行きたかったのです。幸いに乗せてくれる人が現れたのと、昨日の体調は、普通に悪い位だったので、御厚意に甘えさせてもらいました。
 私、生意気にも、ジュンコさんたちも、これからどういう風に変わっていけるかが大切ねなどと思っていたのです。でも昨夜のコンサートは、選曲がずい分と変わっていました。私がしばらく行っていなかっただけか?驚いたのは、ちえちゃんのアコーディオンと、それ以上にナリコさんのピアノ(歌は「愛の讃歌」)でした。
 それでようやく気が付いたのです。「OLD&NEW」は、今まで古い歌(既成曲)と新しい歌(オリジナル曲)だと思っていたのですが、どちらかというと、お約束パターンと新境地のことなんだって。そんな意味で、昨夜のコンサートは、とっても良かったです。
 ジュンコさん、力のあるシンガーですが、出た頃は不必要な細かいビブラートが気になっていました。それがいつの間にか、なくなりつつあります。これはあくまで私個人の好みではありますがd0017084_9575441.jpg、声のコントロールができているのだと思います。
 ちょっと前に、誰だったかなぁ・・・客席が一緒に歌うのって迷惑かと聞かれ、「迷惑です」と答えていた歌手がいました。もっともだと思いました。歌手が、マイクを客席に向けたりして、歌えという動作をした時だけ、一緒に歌うことにしました。確かに、黙って聞いて欲しい時と、一緒に歌って欲しい時と、両方あるよね。後、合唱バカには、ハモリ入れたい本能があるのも確かです。
 岬の話題があり、「襟裳岬」と「宗谷の岬」が歌われました。北海道の岬ではどこが好きかという問いに、私は的確には答えられません。後はどこかしら?白神岬、納沙布岬、スコトン岬、知床岬、立待岬。昔、「喜びも悲しみも幾歳月」と言う映画があって、そのテーマ曲の歌い出しが「お~いら岬の灯台守よ」でした。割とかっこ良い歌でしたよ。「おいら岬」と言う場所があると思っていたのは、私ではありません。
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# by nyankai | 2017-10-27 09:56 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

母もこわかったんだ (10/26)

 昨日は、ダリを近くのペット病院へ連れて行きました。何かあった訳ではないんです。5月に肛門嚢炎をやっているのと、歯石がたまって歯肉炎をおこしているのは知っているので、経過を見せに。私もある程度元気じゃないと行けないし、本当に具合悪くなってからでは、d0017084_1082896.jpgさらに困ったことになるし。
 肛門嚢は、しぼってもらいました。歯石は、もう高齢なので、麻酔をかけてとるのは危険だと判断し、ちょっとやってもらいましたが、思った様にはとれませんでした。どうしようかなぁ。マコがお世話になった、シマセンセの所に連れて行くのもありだけど。
 パーキンソンの初期症状で検索をかけると、「震える」「歩きにくくなる」(歩きだしの1歩が出せなくなる)等々ですが、私はとにかく「だるい」でした。だるくてだるくて、そしてこわくて起きていられない感じになりました。ひたすら寝ていたがった人、そう、母もそうでした。
 パーキンソンは遺伝病ではないらしいけれど、認知症でグループホームで暮らしていた母に、パーキンソン症状が見てとれるようになったのは、いつだったろう。d0017084_109328.jpg右手が良く震えていました。ホームで病院に連れて行ってもらって、診断が出て、薬を飲んだら、一時認知症まで良くなった時期がありました。それは短い間で、又すぐに元に戻って、次第に動けなくなって行きましたが。
 母の様子がおかしいと感じたのは、母が60代後半の時でしたが、もしかして母もその時すでに、パーキンソンだったのかもしれないと、まっ、少なくとも、本当に寝ていたかったんだろうなぁと思います。めまいを訴えていました。あの時、もっと母の言葉を聞いて、思う存分寝かせてやっていれば良かったのかなぁと思います。
 今の私の症状は、それに加えて左肩周辺が痛いのと、この頃、更年期の時に体験したホットフラッシュがぶり返していることです。寒くて、左脚が冷たいのに、突然燃えるように暑くなって汗が噴き出すことがあります。食欲も今一かなぁ。具合悪すぎます。このままじゃ、「第九」どころか、これじゃ検査にも行けないや。
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# by nyankai | 2017-10-26 10:06 | パーキンソン | Trackback | Comments(4)

昭和の常識論戦に参戦 (10/25)

 パーキンソン騒動の渦中にいるうちに、書きたいと思っていたことがそのままになりそうで、別に元気になった訳じゃありませんが、参戦しておきます。「昭和の常識・平成の非常識」のベスト10は、以下だそうです。
d0017084_9334555.jpg 1位 電車内でタバコが吸えた
 2位 1ドルは350円
 3位 電車のトイレは線路上に垂れ流し
 4位 飛行機でタバコが吸えた
 5位 病院の待合室でタバコを吸っている人が居た
 6位 駅のホーム等には痰(たん)を吐くための痰壺があった。
 7位 映画館でタバコが吸えた
 8位 部活中などに水を飲んではいけない
 9位 ゴールデンタイムのTV番組で女性の服を着ていない状態が放送されていた
 10位 消費税は無かった
 10項目の中に、タバコがらみが4つ。息子を妊娠中(昭和です)、職員室も煙たくって、養護の先生たちと何とかしなくてはと、話した記憶があります。私は非喫煙者なので、狭められるのは大賛成ですが、でも、仕事が終わって、許される場所で、自己責任において一服する人まで否定しようと思ってはいません。
 d0017084_9343419.jpg「電車のトイレ」ってさ、電車じゃないのよ、ジーゼル。垂れ流しなのは知っていました。親に、市街地ではトイレは使ってはいけないと言われていました。「痰壺」は、記憶にございません。
 他に「半ドン」今でも好きです。「電化製品が壊れたら叩いて直す」今は叩いたら、かえって壊れますね。「リモコンが無い」「うさぎ跳び」「わら半紙」はとまざらって言うんだよ。とまざらにガリ版で印刷物を作った。「1万円札は聖徳太子」「ヘルメット無しでバイクに乗る」「ブルマー」履いたことは無い。「水筒にはコップが付いていた」「音楽はカセットテープで」今も健在でしょ。「駅の伝言板」利用したことは無い。「駅の改札では駅員さんが切符を切っていた」バスの車掌さんは、もっと大変だったよ。「給料は手渡し」
 昭和が終わった日、息子は連れて行くはずだったスーパー戦隊ショーが無くなって、大泣きしました。
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# by nyankai | 2017-10-25 09:32 | 社会 | Trackback | Comments(2)