万葉集だそうですよ。私、検索が好きで、お盆は寂しいとか色々調べていると、これがヒットしました。「いくら見ても心が楽しまないことだ。死んだ人のことを思うと」のd0017084_925840.jpg意味です。
 折に触れて、私は物欲人間なので、断捨離などしない、死ぬまで好きな物に囲まれていたいからと書いてきましたが、好きな物ならば良い。その存在すらわかっていなかった物ならば、やっぱり不要と言うことです。断捨離は、単なる片付けではなく、物への執着を捨てることなのだから、私にはできません。ただし、不用品は処分したいのです。
 家の中や物置きの、魑魅魍魎ゾーンに踏み込んでみるのは、始めるまでは億劫で、スタートすると、考古学者もかくありなん気分になるから不思議。たいていの物は、存在していることは知ってはいますが、今回は知らなかったものが、発掘されました。コンテナ物置にある、母の和だんすの中から出てきたのは、黒紙(皮じゃない)の手帳に挟まった、母の女学校の通信簿や表彰状や教員臨時免許上等々、それと父が描いたd0017084_933764.jpg1枚の絵でした。
 母は気真面目で、一見大人しいですが、意地のある人でした。通信簿は、少しの「良」とほとんどが「優」です。成績が優秀であるという賞状もたくさん出てきました。自分のことを「がり勉で融通が効かない」と自嘲気味に言っていたこともありますが、そのどこが悪いでしょう。私が母の愛を重く感じたことがあったのは確かですが、お母ちゃん、あなたは大した人です。
 父の絵は、これは胃がんがわかって、入院している時に、病室で描いた様に思います。母が上手いねぇと、とても嬉しそうにしていたシーンだけは覚えています。その時すでに、父の余命宣告をたった一人で受け止めていた母が。せっかく発掘されたので、風化しないよう、額にでも入れましょう。
 弾みがついたので、いっちゃんのお葬式がらみの箱を、恐る恐る開けてみました。9年以上手つかずでした。いただいたお見舞いやお香典の袋、弔電がそのままになっているのは覚えがありましたが、業者からのいらぬDMや大量に余ったあいさつ葉書などもたくさん出てきました。
 ほんの少しだけ処分できましたが、これが正に「見れどもさぶし亡き人思へば」の心境なのだと、はまりました。写真を見ても、遺品を見ても、寂しい、いっちゃんと父と母、そしてネギとマコを思うと。
 昨日龍角散を買って飲んだら、喉少し良いみたい。リレーおめでとう。ボルトさん、お疲れ様。
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# by nyankai | 2017-08-13 09:01 | 心もよう | Trackback | Comments(0)

 GWと盆暮れは、さみしくて仕方ない私。地元の教会の、オープンチャーチに、1人で行ってきました。
午前中は工作教室でした。本物の大工さんが、手取り足とり、それ以前に完璧な材料をそろえておいてくれるので、小さなお子ちゃまでもできるのです。d0017084_9473461.jpg夏休みの作品にぴったりの、蓋つき小物入れが人気でしたが、私は木製トレイ(何のことは無い、四角いお盆)にしました。カットされ、塗装され、釘穴まで開いているので、失敗のしようが無いのですが、達成感は半端無いです。プロならではの、ちょっとしたコツなども教えてもらって、ありがとうございます。来年は何を作りたいですかと聞かれたので、「タンス」と答えたら、ウケました。
 すぐ近くなので、1度帰って、午後のミニコンサートに出かけました。行ってみると、乳幼児がいっぱい。失敗したぁ、ある子ちゃんに声かけておくんだったわ、シモン君つれておいでよってd0017084_948234.jpg。時すでに遅し。
ケーキとコーヒーがついて、「上森真菜さん」の一応、ゴスペルライヴでした。一応と言うのは、上森さんは、大学では声楽専攻、ソプラノで歌うし、合唱指導もしているそうです。だから、親近感が湧く湧く。ゴスペルって、ソプラノでも良いんだ、そっか~。「You raise me up」良かった。
 終演後、ソプラノの件、それと私の最大の難敵、楽譜がほしい訴えをしたら、わかってくれました。共通の知人がいることも判明し、嬉しかったです。
 ところで私、ごちゃコンまで1ヶ月になろうとしているのに、声の調子が悪いのですd0017084_9505146.jpg。はっきり自覚したのは・・・いつかなぁ。上手く言えないのですが、声帯が厚ぼったくて、振動が鈍い感じで、何の手だても無く出すと、少しハスキー。ビール飲みながら、おしゃべりし続けたような、咳しすぎた時の様な。上のC~G当たりです。それ以上高くなったら、出すのに一層工夫がいることに変わりが無いのですが、やっぱり変です。もしかして、とうとうピークが過ぎて、下り坂になってしまったのでしょうか。それとも練習しすぎたか。いや、今までそんなことは無かったし。
 大学の時に1度、声が出にくくなって、声楽の先生に「こえわずらいですか?」と言われたことがありました。何だかわからないけれど、治りました。又、それなら良いのですが。安静の方が良いのか、もっと歌った方が良いのか、わかりません。でも、きのうの上森さんの歌を聞いていて、やっぱり歌いたいなぁとがまんできなくて、昨日はいっぱい練習してしまいました。
 幸いに、お盆でみんな忙しくて、誰とも会わないでしょうから、のど飴舐めておしゃべりはしないでおきましょうっと。
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# by nyankai | 2017-08-12 09:44 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

 天気悪くて、寒くて、脚が冷たくて、嫌になります。夏が恋しい。1年前は、仁木中コンサート、あんなに暑かったのに。
 何かの拍子にチョコチョコと片付けをやらさって(北海道弁です。やるのではなく、自然にやらさるのです)、今回発掘されたのは、息子の育児日記です。もちろん、どこかに存在していることは知っていました。小学校に勤務していた時で、職場の先輩がお祝いにくれたものです。3歳の誕生日まで記入できるようになっています。開くと、まあ、子育て中に良くこんなにきちんと書けたものだと、あきれるほど几帳面な字で、d0017084_17392389.jpgびっしりと書き込まれていました。
 たとえば、1984年の8月9日(8ヶ月)の欄には、5時過ぎに泣いて、9時頃に少し寝て、11時頃パン粥・かぼちゃの白和え・バナナヨーグルトを食べて、散歩して・・・、「寝付き・寝ざめが悪いから、いつも寝不足みたい。宇津救命丸を飲ませて見ようと思う」と書いてあります。
 内容そのものは、単なる日記に他ならないのですが、これは私が書いたものなのかと驚くほど、字が上手いのです。最近は、さすがの私も字を書かなくなりました。手紙のあて名と、何がしかの書類の記入位です。それは乱暴には書けないので、ゆっくりと書きますが、メモ等は後になって、解読不可能な時があります。それは単になぐり書きだからではなく、本当に字が下手になっているような気がしてなりません。昨日話題にした、50年前の小6の日記よりも下手になりそう、心配だわ。
 d0017084_9392458.jpg日付・天候・昼寝の事の他に、ウンチの回数が書かれていて、その30年後に、猫のウンチを記録していたのを思うと、何やら笑えて来ます。
 息子は、時々Yちゃんと、育児の方針が食い違うようです。それは当然のことで、良く話しあってほしいと願うばかりです。劇団のことで悩みのある息子に、この日記を送ってやろうかな。悩んでいるのは、いつの時代も、自分だけじゃないんだと。
 まじょ子さんが、仮装盆踊りに声かけてくれました。今年のマダムJチームは「海賊船」らしいです。まじょ子さんが歌会に来た時、鵡川の仮装(宝塚の貴族衣装)で賞をとった事がある、派手な上着と中のブラウス、ディズニーランドで買ってきた海賊帽子が借りられて行きました。見に行きたいな。審査が絡むので、長時間踊っているのは辛い、でもどうせ見に行くなら出たいかな・・・心は乱れる。こんなことで、なぜか、サーベルを作ってしまったのでした。(材料は、息子のおもちゃの日本刀・誰かにもらった帯・発泡スチロールの小鉢・S字フック・フローラテープ)さあ、どうする、私。これを持って飛行機の乗ろうとしたらどうなるか。
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# by nyankai | 2017-08-11 09:35 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

 猛暑みたいですが、ニャンコ座町は寒いです。少し暑さを分d0017084_9492212.jpgけてください。
この間紹介した、50年前の日記の本日の記述を読んで、タイムスリップしました。
    1967年8月10日 木曜日  天気 雨時々曇り
 今日、朝1番のバスで苫小牧へ行きました。バスもディーゼルもこんでいましたが、すわることができました。朝、曇っていていやなお天気だったので、雨がふってこないかと心配だった。苫小牧に着いてから、すぐに港を見に行った。港を見るのに1番良いというビルの展望台は、今工事中だったので、下で見た。貨物船が多かった。
 次は、つるまるデパートへ行った。デパートで買い物をしているうち、雨がふってきました。弟は、サンダーバード号がほしかったのですが、デパートにないようなので、ちがうプラモデルを買ってもらっていました。そのうち雨も小ぶりになってきたので、デパートを出ました。
 それから食堂に行って、ごはんを食べました。三星で買物をしてから、町を歩きました。弟は、1けんの店で、サンダーバード4号を見つけました。d0017084_9505615.jpg2つもプラモデルを買ってもらいました。わたしはバッグを買ってもらいました。それから、あま太郎焼きを買って帰りました。
 いや~、苫小牧満載です。その頃も、今でも、1番身近なちょっとした買い物地は、結局苫小牧なんだ。でも、この日記の時と今では、距離感と気合の入れ方には、雲泥の差があります。記憶では、車がありませんでしたから、30分以上バスに揺られ、国鉄に乗り換え、そうですねぇ、1時間半くらいかかったかもしれません。要するに、1日がかりの行程です。クラスには、修学旅行で初めて札幌に行く子がたくさんいた時代です。
 なぜ港を見に行ったのか、お祭りだった風も無いし、不思議だ。「鶴丸デパート」は、2000年に閉店しました。デパートとは、最上階に食堂があって、そこではプリンアラモードなどがあって、屋上には遊園地があるものだと、決まっています。
 ご飯を食べた食堂が何と言う名前なのか、書いていない所が惜しいですが、たぶん駅の近くでしょう。若草食堂とか?子どもの頃から、食べ物に執着が無かったのでしょうか。その割に「三星」と「あま太郎」のことは書いてありますね。
 サンダーバード4号って、5種類の中で、唯一イメージできないです。でも買ってもらったのだから、見ているはず。調べました。海の中を行く黄色いヤツでした。弟は今でも、プラモデルを作り、サンダーバードも見ています。
 私が買ってもらったバッグですが、その少し前にさくらんぼの着いた大好きなバッグを、静内のバス停に忘れて、とても落胆したのを覚えています。だから買ってくれたのでしょう。黄色いバッグだったように思います。
 画像は2つとも、ネットから利用させてもらいました。上は昭和40年頃の苫小牧駅です。
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# by nyankai | 2017-08-10 09:46 | 社会 | Trackback | Comments(4)

 温帯低気圧になった台風の、恵の雨が降っています。と書くのもはばかられるほどです。
 マコがいなくなって、ダリはおしゃべりになりました。ダリなりに、気遣ってくれているというのは、私がそう思いたいだけではありましょうが。ソファーに座ると必ず乗って来る役目も、ネギ→マコ→ダリと引き継がれています。
d0017084_102537.jpg ニャンコ座町の夏は、先月予告編みたいな日が数日あったような気はしますが、不発のままで終わるのでしょうか。1日遅れの甲子園は、すてきな選手宣誓でしたね。「真っ白なユニフォームが、真黒になるまで・・・真っ白なボールを、真っ暗になるまで・・・」私の好みでした。でも、滝川西のユニフォームは水色だよ~なんて、言っちゃいけません。
 6日に書いたので、今日も書かなくてはいけないでしょう。今、立花隆の「読書脳」を読んでいます。私はどちらかと言うと、物語よりも、エッセイとか評論と言った類が好きです。どこからでも読めるしね。
 けっこう、衝撃的だったのは、「原子力は、神が宇宙に隠しておいてくれた宝剣」「最大の善をもたらす一面を持っている」とあり、日本では「脱原発以外に道は無し」論者が多数派になりつつあると。私もその論者です。でも、「宝剣」も「善」も全否定しているのでもないのです。
d0017084_103538.jpg 福島は、第一世代の古い原発に、マグニチュード9.0 のまれに見る地震と津波が押し寄せたのであって・・・あ~私もそう思いたい。あんな地震と津波は、めったに起こるものではない。にしても、最先端の原発では水素爆発は起こらない、全電源喪失メルトダウンは起こらないって、本当なのでしょうか。誰かきちんと教えてください。最先端じゃない原発も、そのまま存在している。それと、核のゴミをどうするかは、全く解決できていないでしょ。
 ちょっとした探し物がきっかけで、違うものを見つけることってあるでしょ。しまいこんでいた母の物の中に、母の一人暮らしの最後の方で、訪問販売(布団とか、サプリメントとか)の餌食になってしまった時の、契約書やらクーリングオフの書面のコピーやらをまとめたのが出てきました。母が死んだ時に始末しても良かったのですが、あの煮えくりかえるような腹立たしさを思い出して、自分への戒めとしようと思ったんだっけ。お盆だから、もっと母との良い思い出に浸りたい。それらをピリピリ破いて、今度こそゴミにしました。
 左手が動きにくく、タイピングがうまくいきません。左手が担当している部分がミスばかり。治りたいなぁ。
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# by nyankai | 2017-08-09 09:57 | 社会 | Trackback | Comments(2)

 一昨日はフル稼働だったので、日曜日のお楽しみ「女城主直虎」と、念のために「定年女子」を予約録画しました。「女子」はかろうじてリアルタイムで見られました。祐様は、初めかわいそうな人で、d0017084_114269.jpg後半3枚目キャラに戻りました。現実にあんな人がいたら、ちょっと引くかもね。でも外見が完璧すぎるので、そうなってしまう人という設定なのかな。  
 23歳年下の彼は、本当ならば確かに良いです。マクロンさんの奥様は、5歳年上ですしね。草刈民代が「女の価値は外見ではない」と、南果歩に向かって言っても、今一説得力はありませんが、私も年下の彼氏と付き合いたいな、という気持ちが無いとは言えません。若い男が年上の女と付き合って色々学ぶ、後にその男が若い女に様々伝える、良い循環って正しいと思うな。
 「直虎」からも一言。「武蔵坊弁慶みたいな人」に対し「弁慶に失礼」と返した所が、気に入りました。もちろん創作でしょうが、当時、弁慶は有名だったのでしょうか。
 内陸はそこそこ暑いようですが、ニャンコ座あたりは、絶好の避暑日和が続いています。寒い。なんちゃって孫達はママの実家に行っていますが、d0017084_11122040.jpgニャンコ座の畑に、大切なパプリカを預かっています。d0017084_1194112.jpg普通のピーマンの他、赤・オレンジ・黄色の3色です。涼しい気候なものだから、出発前に来た時は、黄色以外はまだうすぼんやりと変色し始めたばかりで、お世辞にもきれいではありませんでした。それがようやく、オレンジと赤になりました。おめでとう。
 日本で野菜として流通しているパプリカは、カラーピーマンで、辛味のないタイプが一般的で す。"paprika"は、クロアチア語由来のハンガリー語だそうです。ハッチ~が、「パプリコを植えたい」と言ったから、リクエストに答え、ママが苗を買ってきて、畑が余っているニャンコ座に植えたのです。それにしても、「パプリコ」、惜しい。かわいい。おそらく「カプリコ」と混同したのでしょうが、「パプリコ」のほうが合っているような気がして、つい、口をついて出てしまいます。抗酸化成分を豊富に含んでいるそうなので、1個目は私がいただきます。
 それにしても台風ってどうして、こんなに小さな日本の位置や形を認識しているかのように、狙って通って来るのでしょう。
『名誉男性鈴子』の東京公演に、田嶋陽子さんがアフタートークゲストで来てくださるそうですよ。
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# by nyankai | 2017-08-08 10:09 | ハルとナツ | Trackback | Comments(2)

 七夕だけど、立秋です。さみしい。夏が来ないまま、秋になるなんて。おまけに、なんちゃって孫たちも、ママの実家に行ってしまっているから、今年は七夕飾りする気も起きない。お寺さんが来ることになっているのですが、まだお盆の飾りつけもするには早すぎるし、昨日がフル稼働だったので、d0017084_935392.jpg今日はフル休みです。
 と、のんびり起きて、ご飯を炊いてなどやっていたら、8時半前にナムナム(76-76)が来て、びっくり。早いよ、早すぎるよ・・・私が遅い。何でも檀家さんの葬儀が入ったのでとか。仕方ないです。でも何とか間に合って良かった。お仏壇もどきには、ネギ&マコの絵も置いてあるので、ちゃっかりお経をあげてもらいましたってことで。
 昨日はファーチレの練習日を1日間違えて認識していたのがわかり、こちらの歌会とかぶってしまいました。大変申し訳無かったのですが、ファーチレは早引きをし、まじょ子さんと夕飯を食べるつもりをキャンセルしました。まちがっていなかったとしても、集まれる日は昨日しか無かったのですが。
 昨日の練習は、厚別区民センターだったので、千歳まで車にし、JRで新さっぽろへ。イタリアンランチにしたら、キャンペーン中だとかで、ノンアルビールを2缶もたっちゃった。昨日は人が少なくて寂しかったけれど、難しい「バッハのミサト単調」を、これでもかと言うほど歌い、d0017084_9365595.jpg声が枯れました。なんだか高い所が多いんだよね。
 昨日は、まじょ子さんとA子さんと、リコーダーの練習を、先だって設定していました。かろうじて間にあって、「もののけ姫」(カラオケ)と「へッドライト・テールライト」(私の下手なピアノ伴奏)の練習。リコーダーならば、何とか吹けるわと高をくくっていたのは大間違い。ちょっと油断すると、ピロポレヒョロホレになってしまうのです。課題はしっかりと把握できたので(負け惜しみ)、自習あるのみ。
 息つく暇も無く、ピアニストとまじょ子さんと3人で、6手連弾の「ラデツキー行進曲」の初合わせ。自習する時も、自分が座る位置で練習しないと、3人でいるに座った時が、全く感覚が違うのです。私は真ん中なので、d0017084_9374766.jpg両腕をくっつけて弾かなくちゃなりません。知ってますか?人ってお尻の幅よりも、肩幅の方が広いんですよ。我が家の連弾用ピアノ椅子が、大いに役に立ちます。私の左手は、かなり鈍くなっているなぁ。3人なので、フルスケールのはじからはじまで使う感じ。音は分厚いです。
 圧倒されたのは、ジロウさんのヴァイオリンはともかく、ピアニストの伴奏です。カサドの「愛の言葉」。改めて、ピアニストを称賛したいです。ほとんどの曲のピアノを弾くんだもの、私も調子悪いと言ってないで、がんばらなくちゃ。
 こっけいだったのは、みんなして、眼鏡自慢(楽譜が見えない)とか、腕が上があがらないとか、お年頃な旬な話題で盛り上がったことです。
 中くらいの古時計、再進化しました。ガラスが入った(ように見せた)・R.R.Singersの文字が入った・ティアラの両端に房が付いた(ピアスです)。
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# by nyankai | 2017-08-07 09:10 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

 ニャンコ座町のスーパーは、この時期になると車も人も増え、それも若い人が懐かしそうに声を掛け合う姿なども見られて、ほほえましい半面、そういった事に無関係な自分がd0017084_916410.jpg、寂しくなります。
 グレ友は「シンゴジラ」も入れてくれました。感想文を書くには、今日はふさわしい日でしょう。グレ友は、「夜のシーンが極上の美しさであること」と「正しく巨神兵そのものなゴジラであること」を感じたそうです。私は、会話のテンポについていけなかったのと、音楽が正しいと思ったことかな。ゴジラはやっぱり「ゴジラ」で、「ガズィ~ラ」ではありません。「東京じゃなくて良かった」と発言して(というか、本心なんだろう)ひんしゅくをかった人がいますが、築きあげてきた大都市が破壊されるのは、d0017084_917719.jpg見ていて胸が痛みました。昔の怪獣ドラマは、最初は町にいても、決戦の時は何もない所に移動していたので、安心でした。逃げ遅れた人を見つけて、攻撃命令を撤回するのも、日本らしいと思いました。
 シンゴジラを見た息子が、「ぱくられた」と言っていましたが、確かにそんな感じがしました。いや「朝まで生ゴヅラ」にそっくりです。肉片が飛んで来るし。息子はずっとゴジラが好きだと思います。第1作目のゴジラは、とてもこわい映画でしたが、誕生したのが1954年、いっちゃんが誕生年が一緒なので、我が家では何となく思い入れがあったのです。一時、ゴジラもお子ちゃま路線に走ったりもしていましたが、今回はさすがに、d0017084_9284490.jpgそうではなかったですね。
 塩ビの人形もありました。大きいのは息子が持って行きましたが、小さいのはあるだろうと思って探したら、マイムマイムを踊れるほど出てきました。何代目か知らないのとか、「メカゴジラ」とか、「ミニラ」ってかわいいヤツもいます。確か「パ~パ~ッ!」などとしゃべっていたような。口から光線を吐こうとすると、輪っかになるのです。
 国連安保理決議は、「核を使う」でしたが、すんでの所で、冷凍する作戦が成功しました。これって、何かで見たと思ったら「復活の日」で、相手がウィルスなのに、核爆弾で対抗しようとした話しでした。細部は全然覚えていませんが、肝心な時に、核は役には立ちません、愚かなことですと言うことは、記憶に残りました。福島の冷凍は、上手くいってはいないのでは?
 ゴジラを原発の暴走として、立派な意見を書こうと思った訳ではありませんが、昭和20年の8月6日に起こったことを、改めて学びあい、伝えあわなくてはいけないと思いました。合掌。
 古時計も進化しました。どこが変わったかわかりますか?
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# by nyankai | 2017-08-06 09:15 | 映画・テレビ番組 | Trackback | Comments(0)

 夏はどこへ行ったんだか、夏真っ盛りのはずなのに、毛布だけでは寒くて寝られまd0017084_1094929.jpgせん。
 祐友、グレ友さんが、録画を送ってくれた中に、伝説のロックバンド、「ピンク・フロイド」の元メンバーのベース兼ボーカル担当の、ロジャー・ウォーターズが製作した話題のドキュメンタリー作品で、2010年から2013年にかけて行った「ザ・ウォール」のツアーの映像と、戦争で亡くなった彼の父と祖父の墓を訪れるシーンを交錯させながら描いたものです。
 ザ・ウォールは、CDやら何種類かの映像を持っています。作られた当初(1979年)は、本人達すら予想だにしなかったことでしょうが、1989年にベルリンの壁が崩壊して、90年にロジャーはベルリンでザ・ウォールコンサートをしました。まるでそのために作られた曲みたいなことになっていました。それですらすごいなぁと思ったのですが、今回のは、さらにとんでもない規模になっていました。テーマは、「己」かな。でも「警鐘」かも。
 ロジャーは、良い感じに、西洋のおじいさんになっていました。むしろ若い頃よりも、まっとうでそれなりに健康に見えます。心を病んだキース、体を病んだグレッグ、どちらも逝ってしまったから、余計に羨ましく見えるのかもしれません。メンバーは達者ですが、ピンク・フロイドを壊していないです。特に難しいことをしない、同じことを繰り返しているようでいて、絶対に退屈しないどころか、次第にその繰り返しにはまってしまいます。
 グレ友さんが、「ロジャーは勝ち組だ」と言っていました。そうですねぇ。およそ「プログレ」と言われているジャンルで、突出して有名な1曲、せいぜい数曲を持っていることはあるけれど、21世紀になって、大規模なコンサートを開けるなど、確かに勝ち組ですね。
 d0017084_10122048.jpg音楽には、色々な楽しみ方があるけれど、向き合うには絶好のコンサートです。それにしても、観客たちの熱狂ぶりは、圧巻です。そこまでできるって、何だかうらやましい。
 祖父の墓標を子どもたちを連れて、ロジャー自ら車を運転して訪ねる。そのシーンで、息子が突然に「第二次大戦の日本軍兵士に追われる夢を見た」と語る場面があるのですが、「追われる夢」のエピソードに続いて語られる発言なので、話の脈絡はあるのですが、日本人の私は慌てふためいてしまうのです。ロジャーは、何を言いたいのか、私はどんな態度をとれば良いのかって。
 私の四肢で、今まっとうなのは、右手だけです。右脚は股関節変形、左脚はこわばり、左腕もこわばっている上に肩も痛い。それでも生きて行かなくちゃね。
 リクニスがどんどん増えます。リクニスと呼ぶのも良いけれど、フランネル草の方が、優しい響きですね。
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# by nyankai | 2017-08-05 10:08 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

 50年前と現在を書いたのだから、ついでに50年後を書いてみたくなりました。私は特定の宗教をもっておらず、来世を信じている訳ではありませんが、希望的設定として、あちらの世界でいっちゃんと猫たちに再会して、d0017084_8251037.jpgこの世の大切な者たちを見守っているということにしておいてください。
 登場人物は40歳でようやく、劇作家・演出家としてメジャーになった息子は、小さくても自分の本拠地を持つことができ、若い才能を育てることもやっています。灰皿は投げませんが、チャーミングなおじいちゃんです。ファッション小物とカフェを兼ねたお店をもち、80歳を過ぎてもなお、美しいオーナーとしてゆったり楽しく働いているYちゃん。笑美ちゃんは、宝塚男役トップを退いてからは、東宝ミュージカルなど、数々の舞台に出て活躍していますが、最近体調の変わりめで、ちょっと苦労しています。
    2067年8月4日 (木曜日)←本当です  天気 晴れ
 こちらの世界に来て、ずい分月日が流れました。残してきた、愛しい者たちのことが気がかりでしたが、ようやく落ち着いてきました。どんなに心配でも、直接助けてやることはできない決まりなのです。大丈夫だよ、あなたならできると言うことを、心に向かって発信することしか。
 こちらでも相変わらず食いしん坊のいっちゃんは、いくら食べても太る心配が無いので、嬉しそうに朝ご飯にケーキを食べました。横ではマコが、お皿に山盛りのd0017084_8255030.jpgカリカリを平らげています。
 50年前、荒っぽい天候が目立つようになり、被害が続きましたが、ある程度天候を制御できるようになったので、自然災害は減りました。又、自動車も文字通り完全自動化されたので、余程のことが無い限り、交通事故も無くなりました。
 笑美ちゃん家族は、子どもたちの夏休みを利用して、いっちゃんが建てた北海道の家に、猫も連れて、2週間の避暑に来ています。分不相応かと思った高い三井ホームにして良かったです。まだびくともしていません。
 息子は、Yちゃんのお店の片隅の、お気に入りの席で、今日も脚本を書いています。この頃は、バカな発言をする政治家も減ってきたので、ネタが少なくなったとぼやいています。それは本当は良いことです。夜は、孫のような世代の俳優たちとのけいこです。

 ガソリンタンドのレディースデイ割引を利用して、洗車とオイル交換をしてきました。シエンタちゃんもうすぐ20万㎞だけどピカピカ。今日もみんなが、幸せでありますように。
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# by nyankai | 2017-08-04 08:23 | 暮らし | Trackback | Comments(0)