2017年 08月 13日 ( 1 )

 万葉集だそうですよ。私、検索が好きで、お盆は寂しいとか色々調べていると、これがヒットしました。「いくら見ても心が楽しまないことだ。死んだ人のことを思うと」のd0017084_925840.jpg意味です。
 折に触れて、私は物欲人間なので、断捨離などしない、死ぬまで好きな物に囲まれていたいからと書いてきましたが、好きな物ならば良い。その存在すらわかっていなかった物ならば、やっぱり不要と言うことです。断捨離は、単なる片付けではなく、物への執着を捨てることなのだから、私にはできません。ただし、不用品は処分したいのです。
 家の中や物置きの、魑魅魍魎ゾーンに踏み込んでみるのは、始めるまでは億劫で、スタートすると、考古学者もかくありなん気分になるから不思議。たいていの物は、存在していることは知ってはいますが、今回は知らなかったものが、発掘されました。プレハブ物置にある、母の和だんすの中から出てきたのは、黒紙(皮じゃない)の手帳に挟まった、母の女学校の通信簿や表彰状や教員臨時免許上等々、それと父が描いたd0017084_933764.jpg1枚の絵でした。
 母は気真面目で、一見大人しいですが、意地のある人でした。通信簿は、少しの「良」とほとんどが「優」です。成績が優秀であるという賞状もたくさん出てきました。自分のことを「がり勉で融通が効かない」と自嘲気味に言っていたこともありますが、そのどこが悪いでしょう。私が母の愛を重く感じたことがあったのは確かですが、お母ちゃん、あなたは大した人です。
 父の絵は、これは胃がんがわかって、入院している時に、病室で描いた様に思います。母が上手いねぇと、とても嬉しそうにしていたシーンだけは覚えています。その時すでに、父の余命宣告をたった一人で受け止めていた母が。せっかく発掘されたので、風化しないよう、額にでも入れましょう。
 弾みがついたので、いっちゃんのお葬式がらみの箱を、恐る恐る開けてみました。9年以上手つかずでした。いただいたお見舞いやお香典の袋、弔電がそのままになっているのは覚えがありましたが、業者からのいらぬDMや大量に余ったあいさつ葉書などもたくさん出てきました。
 ほんの少しだけ処分できましたが、これが正に「見れどもさぶし亡き人思へば」の心境なのだと、はまりました。写真を見ても、遺品を見ても、寂しい、いっちゃんと父と母、そしてネギとマコを思うと。
 昨日龍角散を買って飲んだら、喉少し良いみたい。リレーおめでとう。ボルトさん、お疲れ様。
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by nyankai | 2017-08-13 09:01 | 心もよう | Trackback | Comments(0)