2017年 08月 02日 ( 1 )

 富川合唱団は、1967年6月にできたそうです。私はその頃小学6年生で、富川と言う町があることは知っていましたが、小さなへき地の学校の、複式学級にいました。同じく50年で有名なのが、リカちゃんですが、リカちゃん人形を買ってもらうには、6年生という年齢は、無理がありました。それに私には、股関節の治療入院に付き合ってくれた、大切な人形がいましたし。
 50年前の日記を発掘してあるので、今日はそれを。
 d0017084_9541346.jpg  8月2日 水曜日  天気 晴れ
 今日、1時から3時半まで、2時間半水泳の練習をしました。水泳を教えてくれる先生が、もう1人いらっしゃいました。準備体そうをしてから水に入りました。今日は女子が先です。すぐにうく練習をしました。わたしはうけました。2人ずつ組になってひっぱってもらうと、うまくすすみました。
 先生が水泳のうまいじゅんに、ABCにわけました。わたしはBになりました。初めCになるんじゃないかなと思っていたので、とてもうれしかった。どんどん練習しました。そして最後にクロールを教えてもらいました。ですのに、もう女子はあがらなければなりません。わたしはもっとしていたかったのですが、あしたもあさってもあるので、がまんしました。d0017084_9585785.jpg早くじょうずになればいいなぁと思いました。
 この年、町内の6年生を対象に、3泊4日の水泳教室があったのです。町の公民館に、まだ寝袋など普及していなかったので、毛布2枚と枕を持って、トラックの荷台に乗って行ったような気がしますが、定かではありません。米も持って行きました。
 6年生の半数くらいが参加していたような気がするのですが、勉強時間とか、キャンプのメニューみたいなのがあったり。ご飯の運び当番になった時、調理のおばさん(お姉さんかな)が、缶詰のミカンが入ったピンクのゼリーを、バットの中で切り分けるのを見てワクワクしたことを覚えています。
 カナヅチだった私が水泳を覚え、今も泳いでいられるのは、この夏があったからです。暑い夏で、帰宅してからも、毎日川に泳ぎに行って、おそらく人生で1番日焼けした夏だったのでなないかな。カメラも無かったので、残念ながら水着写真はありません。紺のスクール水着ではなく、わがままな私は甘い母にねだって、けっこうかわいいのを買ってもらっていました。
 50年の時の流れを考えていたら、「大きな古時計」を歌うこともあって、こんな物を作ってみました。もう少し、デコる予定。
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by nyankai | 2017-08-02 09:53 | 暮らし | Trackback | Comments(0)