2007年 11月 19日
猫が教えてくれたこと (11/19)
ブロガー仲間のカルロスさんの猫、キラランさんが、闘病の末、昨日カルロスさんと奥様に看取られて、天に召されました。猫つながりでリンクさせていただいているブログも多いので、猫さんや、時に犬さんの訃報に接することはあり、その度に悲しい思いをするのです。でもカルロスさんは2週間前から、キラランさんのただならね状態を、感情に流されずに、淡々と書き綴ってくれていたので、たくさんの読者が、その悲しみを共有した事でしょう。
私もずい分長い事、猫と付き合ってきました。最初は、地域猫を無責任にかわいがっていて、死なれて初めて、ちゃんと責任を持って飼うとはどういうことなのか考えるようになり、ようやく今に至っています。
息子が猫を失った時の様子を思い出し、猫に色々教えられたことを、ことばにしてみたくなりました。(写真は、看取った猫達のぬいぐるみ)
雪解け3月 光の中で ぼくは君と出会いました
青い目の君は ママのおっぱい飲んで 大きくなって
ぼくは 優しさを 知りました
七月七夕 星空の下 花火一緒にやりました
季節は変わり ある朝君は お空へ行った
ぼくは 悲しみを 知りました
カルロスさんは、悲しみの中でも、私のコメントに、夫への気遣いをしてくださいました。カルロスさん、今は思い切り悲しんで、元気になってください。
ちゃんと人間が看取れるタイミングで猫も犬も旅立って行ったんですよね。
本当に寂しいことだけど、彼らの寿命は私たちよりも短いから
お別れは避けられないのだとしたら、そういうタイミングを彼らは
偶然じゃなく選んだのじゃないかと考えたいですよね。
人間が最期付き添えなくて心苦しい思いをしないように
傍でゆっくり行ける様に最後の力をふりしぼってくれるのだとしたら…
本当に猫や犬に学ばせられるところは多いです。
キラランさんのご冥福をお祈りします。
かつて亡くなった猫も、夫がちょっと家に帰って来た時に、息を引き取りました。夫の勘では無く、猫が呼んだのですね。
死れた時が辛いから動物は飼わないという方が沢山いますよね。
私も分かれた後はもう飼えないって思いますが、その後に縁あって我家の家族に成ってくれた動物達のお蔭で楽しみと思い出が交差しています。
犬の健大は大型犬なので猫の桃子よりも短命かもと、出合った時から覚悟してますが、その日が来るのは今から辛いです。
にゃんかいさん、この度はキラランのために熱い応援のメッセージをずっと送っていただいて感謝してます。どうもありがとうございました。キラランも喜んでいたことでしょう。
たくさんの人とブログを通して、共感できるんですね。
健大君の様子、いつも拝見してますよ。
★カルロスさんへ
悲しみのさ中に、ありがとうございます。
そうよ、キラランさんは、いつまでも人気者だよ!
ふーが、逝く直前にいつもは入らない押入れに入っていたときに、「ふーちゃんはうちの仔なんだから、もっといつもの良い場所に居て!もう外猫ちゃんじゃないんだから」と泣いて訴えてましたよ。
だからラムの時は膝の横で逝ったときには、悲しいけどここが、一番安心出来る場所だったんだねと安心しました。
キラランさんも一番安心して天国に行かれたのだと思います。
キラランさん、天国でふー、ナナ、ラムに会ったら宜しくね。
犬は良くわからないですが、猫は死に際を見せないという説がありますよね。あれは、静かな所で休みたいだけで、治ったらちゃんと大好きな人のところにに行こうと思っているらしいですよ。だから、ふーちゃんの行動も、ちっとも嘆く事無いと思います。
むーさんは、悲しい目にあっても、又新たな子を迎える強さを持った、すばらしい方だと思います。