2018年 08月 01日
言わせていただく (8/1)
暑中見舞いのお返事の中に、こんな文言がありました。「あなたもおばあちゃんになられたのですね。器用な方だから、きっと色々お世話なさっているのでしょうね」。そんなことは無い。私は予想外に、いやもしかして予想通り、けっこう冷めているかもしれません。病気のことがあってそれどころではない。自己愛が強い私は、子供がすべてだとは思わない。まして孫ならば尚の事、という気がしています。
これから書くことに対し、何かあったのなどと聞かないでください。慰めたり、なだめたりの気づかいも不要です。あくまで、独白なので。
器用な私が孫のために作った物は、おくるみ・お雛様タペストリー・布の絵本・そしてようやく作りたくてたまらなかったワンピース(これは何年か前、N氏がどっかのおみやげにくれた、妙に中途半端な分量の布です。29日に書いたバイアスはこれに使った)です。これでも私、自重・遠慮・がまんしているのです。着せる物、与えるおもちゃ等々、自分たちの思うようにしたいであろう、私が出る幕ではないと。
あることを思い出しました。私の母は、息子の事をとてもかわいがってくれました。息子が中学生の時だったと思います。息子を留守番させて、いっちゃんと札幌かどこかに行き、予定よりも帰りが遅くなりました。もちろん携帯はまだ持っておらず、帰り道を車で走っていたので、止まって公衆電話をかけるよりも、とにかく帰ろうと、遅くなる連絡もできないでいました。息子に電話をした母は、私達がまだ帰っていないことを知り、ひどく心配したそうです。帰宅後、母は私達の行動を強く非難しました。息子は全く意に介していなかったのに。それで私は「何で親をさしおいて、勝手に心配して、そんなに怒るのさ」と、反論してしまいました。
それに対する母の言葉は「孫の心配をして何が悪い、心配くらいさせてよ」でした。返す言葉はありませんでしたが、いささかのわだかまりが残りました。そして今、ようやく母の気持ちがわかりました。
言わせていただきます。こんな私でも、孫はかわいい。側にいないので、やってあげられることは、たかが知れています。自分の孫がかわいくて何が悪い。せいぜいかわいがらせてよ。感謝してもらおうなんて思っている訳じゃない。もう変に気を使わず、がまんしないで、勝手にシンプルに、したいようにしてやる。だってさ、私の孫なんだもの。