こんなこと書いていました (7/2)

 昨夜の地震、怖かったよう。横揺れでした。報道では、ニャンコ座町は震度3とのことですが、違うね、4だと思います。そのままリビングでテレビかけてごろ寝していたら、1時間後に九州が揺れたとのこと。
 この夏は、半袖着ないんじゃないかと思うほど寒がっていた私が、昨日夕方初めて「暑い」と思いました。歌会を前に、半袖に着替え、差し入れのメロンを冷やして、切っておきました。でも左脚だけは、やっぱり冷たいです。
 d0017084_1026203.jpgトレドミンは、半分量ならば気持ち悪くはならず、とりあえず1日3回飲んでいますが、全く良くなる気配も無く、気に食わないな。夕方は、歌会断りたいほど具合悪かったのですが、それすらやめてしまったら、支えてくれることが無くなってしまうので無理をしたら、それはそれで楽しかったです。だからと言って、気の持ち様だとは言わないでください。
 ごちゃコン準備も、そろそろ佳境です。集中力とか、緊張感とか、テンション上げるとか、そういったことが必要になってくる時期です。50周年と言う大切な節目に、完全燃焼できないだろうことが不本意ですが、私を構成している要素の、おそらく半分位を占めているだろう「歌」をやめてしまったら、それはもう私ではないでしょう。
 プログラム挟み込み用のごあいさつ文を書く責任は、私にあるだろうと思います。ここに、30年記念誌(1997年)があり、こんなことが書いてあります。書いたのは、たぶん私です。この時、1度お別れ会をしました。
d0017084_1027561.jpg     「幸せな別れを」
 「幸せな別れ」という言葉にひかれました。
 富川合唱団が産声をあげて30年のこの年に、まさか幕を降ろす事になるなんてにわかには信じられず、悲しく残念で申し訳ない思いでいっぱいです。
 団員が少しずつ減って、気が付くと、“水曜の夜に集まって歌う”という、当たり前のことができなくなっていました。
 それでも私たちは何とか歌い続けたくて、色々考えて、最良と思える行動をしたつもりでした。でもついに、前向きに動き出す時は来なかったばかりか、むしろ大切な何かを見失ってしまうという結果を招いてしまったようです。
 でも、これだけはわかってください。私たちは精一杯やりましたし、歌いたいという情熱も、そして又いつの日か、再建の時が来るという希望も失ってはいません。
 富川合唱団の歴史を築いてきた、たくさんの方々に心から感謝して、思い出と歌に支えられて、私たちは今、「幸せな別れ」を実感しています。
 ところが、これで終わらないのが、面白いのです。それは明日に。
 追伸:「ジレンマ」を日本語だと思っていた人が、複数いることが判明中です。
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by nyankai | 2017-07-02 10:24 | 音楽(合唱) | Trackback | Comments(0)

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