2015年 11月 19日
離れた都会で死ぬと言うこと (11/19)
子どもの頃、叔父と叔母には、かわいがってもらいました。夏に遊びに行って、いっぱい蚊に食われたことと、ランドセルを買ってもらったことは、忘れられないです。自分たちには、男の子が1人だったので、私をかわいがってくれたのかもしれません。
叔母は看護師で、当時としては珍しい、共働き夫婦でした。叔父が道職員だったので、何カ所か転勤して、退職後は札幌に住んでいました。息子である従弟は、えりも町の職員です。叔父が無くなったのは19年前ですから、それからずっと、1人暮らしをしていたのですね。
お通夜は、札幌の立派な斎場でしたが、参列者は少なく、父方としては、弟夫婦と私、近隣の町に住む従兄夫婦だけでした。喪主である従弟は一人っ子だし、自分の勤務地とは相当離れた札幌なので、たぶん職場関係者も来ていなかったと思います。叔父と叔母自身の出身地も札幌ではなく、退職後に住み始めただけなので、こういうことになったのでしょう。弟がポツリと「離れた都会で死ぬって、こういうことなんだなぁ」と言いました。
本当は泊まれば良かったのかもしれませんが、そんな気持ちを残しながら、帰ってきました。
ところで、檀家として元々お寺とは付き合いがあったそうですが、お坊さんは3人来ていました。レフトの若いお坊さんの声が、すばらしいバリトンで、意味はわからなくとも、ありがたいお教でした。通奏低音のように流れ、ライトのお坊さんの声がハモリながら乗る。久々のヒットです。見れば、レフトはイケメンじゃありませんか。イケメンなバリトン。いっちゃんのお寺、そこに変えようかなぁ。毎月あの声を聴けるのなら。
などと、不謹慎なことを書いてみましたが、帰り際に見た叔母の顔は、まるで眠っているようにきれいで、声をかけたら目を開けて、「あら、久しぶりだね」と言いそうでした。
私が何の予告も無く、午後になってもブログが更新されていなかったら、誰か、窓を割って見に来てくださいね。まだずっと先のこと、のつもりですが。
今日はこれから、苫小牧へ。口腔外科に行きます。マコは〇
その言葉だけで、心が動かされました。
私はその方より30歳程若いですが、同じような最期を迎えたいので。
主人や主治医、今週からは訪問看護も始まるので、そうはいかないでしょうが、出来れば主人には休職して欲しくないので同じような死に方がいいなと。
お坊さんの声がいいのに惹かれるのも分かります! やっぱ声がいいと、同じ般若心経でもなぜか違うもののように聞こえ、うつらうつらしてても起きますし。
声で選ぶっていうのもアリかなと思いました。
ところでもしいっちゃんのお坊さんがこのブログを読んでいたら「僕って顔と声もひとつなん?」いいそうですね。
同居家族がいる人は、同じには語れないとは思いますが、多くの人が「ピンピンコロリ」を目指していると思います。
お坊さんの声、大事ですよねぇ。ご賛同ありがとうございます。
★こけしさんへ
新聞読んだんですね。
上野さんの本は、初めは反発を感じたのですが、だんだんなじんでくるかもしれません。
★dollyさんへ
あっ、でもサロンパスって、1番貼りたい所に手が届かないことがあって・・・という話ではないですね。
家の坊さんは、読んでません(キッパリ!)・・・これもそういう話ではないですね。でもここだけの話、今一つなんです。