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ニャンコ座リポート since 2005 April

父が待つかの国に母旅立ちし (8/30)

夏よみがえる三十日の残暑(当たり前ですが、みそかは月の最終日ではなく、30番目の日と言う意味で使っています。言いたいことは、8月末にもなってということです。)
父が待つかの国に母旅立ちし (8/30)_d0017084_9183310.jpg今日は東山魁夷展のことではなく、母の命日です。
一昨年の今日の朝、母が入院している病院から電話が来ました。看護師さんの戸惑った声の調子で、ほとんど瞬間的に事態は理解できました。「急変して・・・」前日の夕方には、良くないなりに安定していたように見えていた母ですが、前年の初冬、誤嚥性肺炎で運びこまれてから10ヶ月に及ぶ闘病の末のことでした。
一昨年も、北国には似つかわしくない残暑でした。母を弟の家に安置し、便宜上ニャンコ座に住民登録をしていたので、午後になって処々届け出のために町役場の支所に行った折、駐車場のアスファルトの日盛りに、黒い影がくっきりとうつっていたこと、暑い空気にめまいがしそうになったこと、そんな記憶が蘇ります。
私は特定の宗教を持っていないので、人の死に際して、自分を納得させる術を神仏に頼れず、母の時は、36年待って父の所へ行けて良かったね、と思いました。認知症と闘い、感染症と闘い、ようやく訪れた安らかな日だと思いました。
母娘関係とは、おもしろいものです。母のようになりたい部分と、母のようにはなりたくない部分が、両方あります。母は気まじめで誠実で謙虚で、穏やかながんばりやでした。私もそうありたいと思います。でもその側面が表に出過ぎていて、母の愛情が重くなる時がありました。私は、そんなじゃないもん。
母の認知症を受け入れられない己を責め、一人暮らしはもうできないと、だますようにグループホームに連れて行き、引き取れなかった後ろめたさにどっぷり浸ったまま荷物整理をし、うつ状態になりました。私はその頃に、母へのエネルギーの大半を費やしたような気がします。
だから、母が亡くなった日の記憶は、残暑と安堵なのかもしれません。
    父が待つかの国に母旅立ちし 夏よみがえる三十日の残暑
今夜のNAFは、近くの町で、ピアノサロンコンサート(コーヒー063.gif付き)です。
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by nyankai | 2012-08-30 09:17 | 人 あれこれ | Trackback | Comments(0)