2011年 08月 11日
一度言葉にしておいて方が良いのかもしれないこと (8/11)
いっちゃんの病気は、「原発性アミロイドーシス」という、100万人に4人というデータがあり、現代医学では原因がわからず、したがって必ず治るという治療法も確立されていない病気で、致死率もけっこう高いのです。病名は本人に知らされていましたし、この時代ネットで調べれば、この残酷な事実はすぐにわかるのだから、今思い出すだけでも、いっちゃんも私もよくやったと思います。う~ん、思い出したくない気持ちと、傷口に塩をこすりこむようにしてでも、忘れてはいけない気持ちと、両方あります。
異常を見つけてくれた人間ドック・腎生検をして病名をつきとめてくれた市立札幌病院・自己末梢血幹細胞移植をはじめとする治療をしてくれた札幌医大病院・最後に必死の対症療法をし看取ってくれた町立国保病院、それぞれには感謝こそすれ、不満は無いのですが、今までに言葉にしたことが無い、後悔と言うのか疑問と言うのか・・・怖くて蓋をしたことがあります。心の底にあるパンドラの箱かもしれません。今日だけ、1度だけ書きます。
1つ目は、人間ドックでタンパク尿が見つかり、すぐに再検査を受けました。一般的な腎臓病とは違う所見が出たので、腎生検を勧められました。いっちゃんは教員ですから、夏休みにでもということになりましたが、その時に、なぜすぐに受けるように強く言ってくれなかったのかという疑問です。すぐに受けたらどうだったのかは、わかりません。でも心臓がどんどん悪くなっていたから、早ければ早いほど良かったのではないかと思えてなりません。
もう1つは、進行を止めゆっくりとアミロイドの沈着が取れるのを待つために有効かもしれない、自己末梢血幹細胞移植を受けたこと。「受けます」と決断したのは、いっちゃん本人です。たくさんの抗がん剤やステロイド剤を使うこの治療により、弱り切っていたいっちゃんの心臓は、大きなダメージを受けたでしょう。断ると言う選択肢はあったのでしょうか。
今まで、この2点を考えることさえ、自分に禁じてきました。考えたってどうにもならないのはわかっていますが、いっちゃんが逝ってちょうど3年半、書くことにしました。読んだくださった方、ありがとうございます。
もう1つ、本当に最期の時は、心臓マッサージを断って、横に寝て「怖くないよ」と抱いていてあげたかったです。
扇風機もいらない北海道の夏は遠い夢物語。
こちらは37、38℃の炎熱地獄です。
セミが一生懸命鳴いています。セミの合唱が
「いのち」を感じさせてくれます。
土井伸光著『スマイル』を最近、図書館で見つけて読みました。
難しい病気の越え方、いのちの終わりの迎え方、
自分に突きつけられたらどうか... と深く考えさせられました。
100万人に4人の病気 ... たいへんな経験をなさいましたね。
どの時点でのどの選択も、妻や子どもと少しでも長く一緒に
いてあげたいための選択だったと思います。そんな愛を今も
受けていらっしゃるnyankaiさん、息子さん、なんもかんも
大丈夫でないかい... ってなつかしい北海道弁で出ちゃった。
(さっきから、関東平野名物の雷ゴロゴロが始まりました)
北海道も暑い所はあるようですが、ここ太平洋側は大したことないんですよ。それでも、セミはちょっと鳴きます。雷は昨日鳴りましたが、たぶん本場に比べたら、おとなしいものでしょう。
土井伸光著『スマイル』は、お進めの本ですね。
色々ありがとうございます。
「腎臓内科を紹介してくれ」という自分を「大げさな」と鼻で笑いました。
結果2ヶ月の様子見で腎臓は元に戻らない状況になり
その後自分で外来に行った病院の先生はその町医者がくれた血液検査表を見ただけで「異常」「重症」「入院」「腎生検」までをその日のうちに強制的に決めてくれました。
実際腎臓の心臓負担がいつ急変してもおかしくない状態だったようです。
自分はその後の検査で心臓に無い事が判明しましたが
あのまま「患者の心配を笑う医者」にまかせてたら…と考えます。
患者は自分がどれほどの状況なのか判断できないですから
危機感を持っている積極的な医師に出会えるかどうかも大きいと思いました。
今でも偶然「鼻で笑った医師」にもし会ったら一言もの申す…程度で済むか…自信がありません。
今思えばなんですが、その年夫は6月に風邪をひいて、人一倍丈夫な人だったから、いつもなら寝れば治るだったのに、悪化して病院に行きました。その病院(町医者)の医者が、何かおかしいと感じたらしいのです。
医者との出会いが、命を左右するのです。