2010年 03月 27日
3月27日のコラム フライングご容赦
でも今日は、もう少ししたら、新しいパソコンをつなぎに、その道に詳しいマイミクさんが来てくれます。 全面的に頼ってしまいます。お願いします。そんなことで、このパソコンで送信するであろう最後の記事は、苫小牧民報のコラム「ゆのみ」の、本日掲載分です。苫民は夕刊なので、本当はまだ出ていません。だからこれはフライングです。でも私の文だし、出典をあきらかにしたので、目をつぶってください。
ミュージカル出演を果たしたわたし
打ち上げでビールを飲んだけれど、もう酔っ払ってはいません。今、3月23日の未明です。一日待ってもらった「ゆのみ」の〆切が迫っています。
わたしの、ミュージカル出演が終りました。
去年の夏、町の「プロのミュージカル公演への一般町民の出演者募集」、そして確か月1~2回の練習日が記載された1枚の紙に魔が差して、「ミュージカル観るの大好きだしぃ」「息子は劇団やってるしぃ」「一応大学で声楽習ったしぃ」「合唱40年やってるしぃ」ののりで、それほど深刻にも考えずに申し込みの電話をかけたのが、ことの発端でした。
蓋を開けてみたら、13人の町民出演者も関係者も、見事に「だまされた!」ことに気付きました。でも時すでに遅しだったのです。
「大枚払った観劇好き」も「声楽」も「合唱」も、それほどの武器にはならず、何かをクリアできると、かえって悩みが増えました。近づくにつれて、不安が募っていきましたが、それ以上に、作品がどんどん好きになって行きました。
7ヶ月に渡る練習期間に、母が肺炎になり、グループホームを退所して病院に移ったり、いくつかの人間関係に疲れたりで、今月初めには少し「鬱って良いとも!」に陥り、脱落しそうになりました。でも、そこから救ってくれたのも、ミュージカルでした。
絞れるほどに汗だくになっている衣装や、首や足腰の痛みが、やりきった証です。
わたしがあの1本の電話をかけなかったら、名残惜しくてなかなか打ち上げをお開きに出来ないたくさんの仲間たちには、絶対出会えなかったのです。もうこれきりで終わりだなんて、そんなの嫌だ。だから、続く・・・
「何かをクリアできると、かえって悩みが増え」たというのは、ニャンカイさんが若い心を持っている証拠。私としてはちょっと羨ましい。
お身体、お大事に。ゆっくり休んでください。